ⅩⅩⅢ章

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ⅩⅩⅢ章

 ついに今日、文芸部・天文部・剣道部と茶道部の戦いが始まる。春名は朝から落ち着かなかった。この戦いに負けたら、全てが終わる。下剋上も何もない。今までは負けても何とかなると思っていたが、今回ばかりはそうは行かないのでプレッシャーを感じていた。  放課後になり、春名はより一層緊張しながら体育館へと向かう。しかし、他のメンバーは全く緊張していないのか、いつもと同じ調子である。 「それにしても魔王が倒されたのは意外だったね」 「まさに大番狂わせだったな」  志藤と神城は話す。 「でも僕は昨日の戦いで秋雪君の好感度が上がったぞ」 「そうなのか」  春名も会話に加わる。 「自分の世界を持っている人間でも、理解者が欲しいと言うことだ。この気持ちは僕には分かる」 「確かに一人って居心地は良いけど、ずっとは辛いかもね」  志藤が相槌を打つと、 「先輩達、随分余裕ですね」  今まで黙っていた桜が口を開く。 「うちら、絶対に勝たないといけないんですから。作戦、ちゃんと覚えていますよね」 「承知している」  神城は子供のように、にっと笑う。その笑い顔に桜は呆れたような、安心したような表情になる。 「……緊張しているのが俺だけじゃなくて良かった」  春名が思わず口にすると、 「春名先輩よりは緊張していないですよ」  桜も悪戯っぽく笑った。  ついに体育館に辿り着く。今日の戦場だ。二階の観客席は大分埋まっていた。春名達はそのまま体育館の一階でバトルが始まるまで待機する。 「お、今日は伊織君も居るぞ」  神城は春名の袖口を引っ張って知らせる。 「……何であいつが」 「伊織君~」  神城は何故だか宇田川に手を振る。 「お前、何やってるんだよ!」 「え、挨拶だが」  すると、宇田川は何故だか手を挙げて挨拶を返した。 「仲良しかよ」 「いや、そうでもない」  神城は真顔で答える。 「春名君は気が付いていないようだったが、伊織君はずっと春名君を見ていたから気を逸らしておいた」 「え……」  神城の言葉に春名は愕然とする。 「佐藤君がこの間、眼鏡かち割るとか言ったからじゃないの」 「あの眼鏡、絶対に根に持つタイプですよね」  志藤と桜は苦笑する。 「では、気持ち切り替えて本番に集中しよう」  神城は急に声を落とす。先程までの余裕のある笑みもない。 「僕があのステージさえ出せれば、半分勝ったようなものだ。ただ油断は禁物。誰が箱に入れられても冷静に対処しよう。作戦通り行けば、絶対に勝てるぞ」  神城はいつになく真剣な顔つきになる。負けたら終わり。この勝負には絶対に勝たなければならない。  数メートル先に対戦相手の茶道部が立っていた。全員が色取り取りの着物を着ている。中央には四天王の一人、八乙女椿が立っている。八乙女は黒地の着物に赤い花が描かれている着物を着ている。いつも冷静沈着で、笑っているところも、焦っているところも見たことがない。今回の戦いは八乙女を攻略しなければ、勝つことは出来ない。ここまで来たら、やるしかない。 “文芸部・天文部・剣道部対茶道部の試合を開始します” アナウンスが流れる。春名の身体も緊張と汗で熱くなる。大丈夫。中庭で戦った時も勝てた。今回も大丈夫だ。 “バトルを開始します” アナウンスが流れたと同時、春名はスマートフォンに“かべ”と書いた。時間との勝負なので漢字を書く余裕がなかったが、春名達と茶道部の間に壁が現れる。壁があれば短時間、茶筅によって回転させられるのを防げる。その間に。春名は“双眼鏡”と書いて出した双眼鏡を志藤に手渡した。二人は何も言わずに目を交す。 「神城!」 「僕も終わった!」  神城が返事をすると、風景が変わり始める。春名が出した壁が回転し始めたと同時に、体育館の会場は船上になる。船の周囲は当然海だ。船は波の影響で大きく揺れ、茶道部員達はその場にまっすぐ立てられなくなり、体勢を崩す。 「作戦開始だ!」  神城の合図で春名達は散り散りになる。春名は一旦壁を消して、志藤と共に帆船の一番後ろに行き、帆が張ってあるマスト、太い柱の影に身を潜める。 「ここは……」  茶道部員達は慌てた様子だが、部長の八乙女は涼しい顔をしている。志藤は茶道部の様子など目もくれず双眼鏡で海を見る。 「来るよ」  志藤が神城と桜に合図を送った数秒後、船が何かの衝撃で大きく揺れ、春名達も茶道部員達も倒れる。一人の茶道部員は衝撃で海に落ちてしまい、ポイントを失ってゲームオーバーになる。更に桜が走り出して、動揺している茶道部員を竹刀で攻撃してゲームオーバーにさせる。残りは三人だ。 「ここは何処の文学作品なの」  八乙女はやけに冷静である。 「ハーマン・メルヴィルの『白鯨』だ」  神城は高らかに答える。 「どうせ茶筅で回転させられるのなら、足場の悪い方が体勢が崩れて茶筅を回しづらくなると思ってな」 「そういうこと」  八乙女は相も変わらずに無感情に答える。  神城は今回、わざと足場の悪い場所、更に最後まで八乙女の能力が分からず対応策がなかった時のことを踏まえ、強制的にポイントを奪う作品を探し、『白鯨』に決めたのだ。『白鯨』は世界の十代小説の一つで、船長のエイハブと白いマッコウクジラ、モビィ・ディックの死闘を描いた作品である。今春名達の居る帆船はピークォド号で、先程船体にぶつかったのは鯨のモビィ・ディックである。万が一八乙女の力が判明しなくても、海に落とせばゲームオーバーになる。 「『白鯨』は最後、船が沈没する。貴方達も死んでしまうわ」 「死ぬ前に君達を倒す」 「それはどうかしら」  神城はわざと八乙女の前に姿を現した。箱に入れさせるように誘導する為だ。箱の中は未知の世界だ。志藤の聞き込みによると、箱に入れられるとそこは茶室になっており、八乙女がお茶を薦めてくるらしい。志藤が話を聞いた生徒は、怪しいと思って八乙女は攻撃しようとし、敗北した。神城は万が一茶室に引きずり込まれても、あえて何もせずに八乙女の動きを待て、と言った。その後どうなるかは、正直出たとこ勝負である。そして残ったメンバーで箱を外側から壊す。この箱を壊せるのは春名しか居ない。何としても俺は箱の外に居なければならない。 「僕を箱の中に入れてくれないか」  神城は堂々と八乙女に宣言をする。 「どうして」 「箱の中身に興味があるのだ」  すると、八乙女は右手を挙げた。箱に入れるのか? 春名が注視していると、何処からか隠れている部員の力で神城が回転し始める。 「うわ!」  神城はくるくると回転していると、運悪くモビィ・ディックが船に衝突し。その衝撃で海の中に落下した。一瞬の出来事だった。 「嘘だろ……」  神城がゲームオーバーになった。 やばい。この後、どうすれば良いんだ? 春名は頭が真っ白になる。 「文芸部の弱点は神城君。神城君は司令塔の役割をしているけど、彼を潰せば問題ない。ステージも元に戻る」  すると八乙女の言う通り、ステージが体育館に戻る。盲点だった。神城が負ければ、能力の効力も切れる。じゃあ、この後どうすれば良い? 「佐藤君!」  志藤が叫ぶ。春名は我に返った。やることなんて、一つしかない。春名はスマートフォンに“壁”と書いた。更に“スモッグマシーン”と記すと、装置が現れた。場に白い煙が放出され、視界が悪くなっていく。 「往生際が悪いわね」  遠くで八乙女の声が聞こえる。 「茶筅で回転させられても、俺達の姿が見えなければ良い話だ」 「そうだね。ただ視界が悪くなるのは僕らも一緒だ」 「防煙のゴーグルでも出すか」 「ダサそうなんで、私はパスします」  合流した桜は嫌そうに顔を顰める。 「とりあえず、私が突っ込んで様子を見ます」 「でも、煙の中大丈夫か」 「少しだけ煙を止めて下さい。その間に茶道部を叩きます」  春名は心配するも、桜は全く気にせずに答える。 「そうだね。桜ちゃんには申し訳ないけど、箱の件もあるし、佐藤君は最後まで生き残った方が良い」 「そうですよ」  志藤の言葉に桜は同意すると、 「あとは四宇先輩からの応援があれば、絶対に勝てる気がします」 桜は甘えるように志藤の顔を見る。戦いの場でも抜け目ない。 「え?」  志藤は驚いたようだったが、 「えっと、桜ちゃん、頑張ってね」  そう言うと、桜はうししと変な声を出した。 「勝って帰って来ますよ!」  春名は一旦、装置を止めた。眼前は濃霧の日のように先が見えなくなっている。  少しして、桜が竹刀を片手に茶道部が居る方向へ飛び出して行った。突然の強襲を予測出来なかったのか、茶道部員の悲鳴が聞こえる。薄くなった煙の中で、黒色の着物姿が目に入った。八乙女である。煙が消えて行く。桜が二人の部員を倒しており、残っているのは八乙女だけのようである。 「随分と野蛮ね」  八乙女は自分一人しか残っていないのにも関わらず、いつもと変わらずに落ち着いている。 「うるさいなあ。茶道とか、お茶飲んでるだけで武道みたいな扱い、辞めて貰えません?」 「そう言う剣道部だって、変な奇声あげてサムライごっこするの、恥ずかしくないの?」 「こわ……」  志藤が春名の心の声を代弁すると、急に静かになった。春名の出した壁の向こうで、四角い箱が見える。 「まさか……」  春名は壁を消すと、体育館には茶色の四角い箱が現れ、桜も八乙女の姿も消えている。 「これが噂の箱……」 「当初の作戦通りに行くか」  志藤と春名は目を交し、春名は“岩”と書いて箱の上に岩石を落とすが。箱は岩が乗ってもびくともしない。 「嘘だろ……」  春名は困惑しながら志藤を見る。 「どうする? 箱が壊れない」 「……」  春名は志藤に意見を仰ぐが、志藤は数秒してから言う。 「桜ちゃんを信じよう」  志藤はその場に座り込む。さすがに観客席も唖然としている。 「佐藤君、暇だしなんか出してよ」 「なんかって何だよ」  そうして数十分経った頃、箱が開いた。慌てて春名と志藤が警戒するが、中から楽しそうに談笑する桜と八乙女の姿があった。特に八乙女の笑みは初めて見た気がする。 「茶道部は降伏します」 「え、いいんですか?」  八乙女の宣言に桜は驚きの声を上げる。 「ええ。私の戦いは終わったから」  八乙女は憑き物が落ちたような清々しい顔つきに変わっている。 「さっき、お互いを罵倒していたよね」 「女子って分からねえな……」  春名も志藤も訳が分からないまま、勝利のアナウンスを聞いた。
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