ⅩⅩⅣ章

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ⅩⅩⅣ章

 静寂。 この音がありすぎる世界で最も落ち着ける場所は茶室だけだ。 自分でたてた抹茶を一口啜る。 この狭い空間では私が神だ。 自分が好きなものを馬鹿にされたらどう言う気持ちになるのか。 どうして分からないのだろう。  八乙女椿は幼少期から茶道を親しんでいた。母親が茶道教室に通っており、椿も通うようになった。幼少期の椿にとって茶道は、子供が遊園地に行くくらいの非日常の空間であった。普段は着ないお着物を着て美味しいお菓子を食べる。抹茶はまだ苦くて不味い。けれど、この特別な場所は好きだった。 中学生になり、クラスメイトが部活動に入る中、椿は特に何も入らずに茶道教室に通い続けた。ただこの頃からだろう。椿が茶道をしていることを話すと、多くの者が言った。 “茶道って楽そうだよね” ”お茶を飲んでいるだけだよね“ 確かに子供の頃の椿もそう思っていた。しかし、本当は違う。ただお茶を飲むだけでは、この長い歴史で淘汰されていただろう。ここまで伝承されたのには意味がある。茶道はただお茶を飲むだけでなく、お点前は自身の心と向き合うことが出来る。椿がどんな場でも邪念を払い集中して物事に取り組めるのは、茶道のおかげと言っても良い。更には礼儀作法を学ぶことができ、着物や飾ってある花や掛け軸など、日本の伝統文化にも触れることが出来る。やったこともないのに、勝手なことを言わないで。椿の思いは蓄積されていった。  高校に上がり、椿は茶道部に入部した。ヴァーチャルでの茶道は正直、何の魅力も感じなかった。このヴァーチャル空間は確かに現実そのものようだが、まだ味覚までも再現が出来ていなかったのだ。  そんな中、Vウォーズが始まった。最初はくだらないと思っていた椿も、茶道部の能力を見て気が変わった。これはある程度は勝てるかもしれない。そう考えた椿は当時の部長に今すぐに部長になりたい旨を伝え、承諾を得た。茶道部の能力は平部員は茶筅を回すと、任意の相手や物を回転させる。攪乱は出来るが、きっと茶筅を動かすことで能力がすぐに知られて対策が取られるだろう。しかし部長の能力は任意の相手を茶室に閉じ込める能力である。この茶室は外からの攻撃では絶対に破壊出来ず、強い。相手からしたら茶室に閉じ込められるが、きっと何が起こったのか理解出来ないだろう。茶室には自分を除き一人しか入れないのが弱点だが、それでも良い。椿はVウォーズが始まった当初、敵の核となっていた生徒を茶室に閉じ込めた。  Vウォーズは運動部の方が有利だった。スポーツと言うのは疑似戦争だ。戦い慣れている彼らの方が文化部よりも優位に立っていた。しかしVウォーズは違う。頭脳戦でもある。椿は茶道部を劣っていると攻撃をしてきた者を返り討ちにしていった。そして心の何処かである願望が芽生えた。更に椿は考えた。敗北している弱小部に居る部員の中には、完全にポイントが無くなる前に強い部活に入り直したいと考えるはずだ。こちらとしてもまだポイントを失っていない生徒を集めたい。茶道部は積極的に部員を受け入れた。弱い部活に居る者にとって茶道部は駆け込み寺のような存在になった。茶道は楽そう、そう言った偏見が逆に部員の集客になったのだ。皮肉だと思ったが、茶道部は勢力を強めた。  こうして茶道部はある程度上位で居るつもりが、知らない内に四天王にまで上り詰めていた。四天王と言っても居心地は悪かった。野球部の高瀬は一番になることしか考えていなかった。特に何故かポイント差があるサッカー部の五十嵐のことを気にしていた。吹奏楽部の工藤は自分を魔王と呼んで、自分の力を誇示したいように見えた。同じ女子の徳田は可愛いことに執着しており、その可愛いから椿は除外されていることを知っていた。頂点に立つ宇田川も何を考えているのか分からず、椿にとって宇宙人のような存在だった。そんな宇宙人は何故だか椿に近付いてきた時があった。時々開かれる四天王と宇田川の五人で行われる定例会に呼ばれ、皆が帰った後、椿も部屋を出ようとした時だった。 「八乙女さんって他の人達と違うね」  宇田川から声を掛けて来た。部屋には他に誰も居ない。 「何でそう思うの?」  椿は内心驚きながらも、平静を装って宇田川の方を見た。 「ちゃんと頭を使っている」  宇田川は自身の頭を指差した。 「高瀬君も徳田さんも能力を行使する荒業、工藤君はチームプレイで何とか持っているけど結局は力頼み。でも君は違う。君は能力を開示しないし、ポイントを持った生徒を集めてここまで上り詰めた」 「好きでここまで来たわけじゃないけどね」  椿は吐き捨てるように返した。褒められても、本当はこの宇田川は何を考えているのか、全く見当がつかない。 「じゃあ尚更凄いよ」  宇田川は笑みを浮かべるが、椿には不気味に見えた。 「八乙女さんにさ、聞きたいことがあるんだけど」 「聞きたいこと?」  宇田川が聞きたいこととは何だろう。皆目見当がつかない。 「そう。聞きたいことと言うか、君ならどうするか聞きたい」 「何?」  宇田川は数秒黙ってから、言葉を放った。 「自分は全く悪いことをしていないと思っているのに、相手を酷く怒らせて口もきいてくれなくなった時。君ならどうする?」  全く予想もしていなかった質問に椿はたじろいだ。この学園の頂点に立つ男。成績も一番、Vウォーズでも頂点に立つ男が、凡人のような質問をするとは予想もしなかった。 「……相手によるけど、どうでも良い相手なら放っておく。でも、仲良くなりたい人には謝る」 「自分が悪いと思えなくても?」  宇田川の目は子供のように純粋であるように思えた。高瀬や工藤、徳田のような野心はない。彼らの目が色彩のある宝石ならば、宇田川の瞳は透明な、クリスタルだ。 「ええ。人によって、好きなものも嫌いなものも違う。何が許せて、何が許せないかも違う。もう一度口を聞きたいのなら、相手のルールに従うしかない」 「悪いと思っていないのに謝ったら、余計に相手を怒らせないかな」 「つべこべ言ってないで、まずは謝って誠意を見せなさい」 「そうだね」  椿の意見に宇田川の顔が綻んだ。宇宙人のように思えた宇田川も自分と一緒の十七歳の男子だと実感する。宇田川君、普通に笑えるんだ……。 「……私も。聞きたいことがあるんだけど」 「何?」  宇田川はまだ笑いを顔に残したまま、椿を見た。 「どうしてVウォーズを始めたの?」  椿、いや学園の多くの生徒が知りたいことだろう。 「どうせヴァーチャル・アクティビティーのデータ集めと言うのは建前で、裏の目的があるんでしょう。最初は自分が頂点に立って学園を支配したいのかと思っていたけど、そうは見えない。何が目的なの?」 「……」  椿の質問に宇田川は何も答えなかった。宇田川は困ったように目を伏せた。 「八乙女さん、さっきつべこべ言ってないでまずは謝れって言ったよね」 「ええ……」 「僕はその、謝る機会すらないんだ。だから作った」  そんな理由で。  椿は思わず口から出そうになった言葉をぎりぎり押しとどめた。やっぱり宇田川君は宇宙人だ。それと同時に宇田川が謝りたい相手とは誰だろうとも思った。謝罪したい相手が分かったのは部長会の時だ。文芸部の佐藤は宇田川に敵意を向けていた。椿から見て佐藤はただの地味な人間だ。違うクラスだから話をしたこともないし、見た目も天文部の志藤の方が目立つし、正直影が薄い。学園の頂点がよりにもよってどうして最下位の佐藤に謝りたいのだろう。きっと理由は私の想像を遥かに超えているだろう。彼は宇宙人なのだから。  どいつもこいつも駄目だ。Vウォーズの戦いは椿にとってはあるものを探す戦いであった。何を待ち望んでいるんだろう。どうせ現れはしない。そう思いながら探し続けていたら、四天王にまでなってしまった。 「茶道とか、お茶飲んでるだけで武道みたいな扱い辞めて貰えません?」 「そう言う剣道部だって、変な奇声あげてサムライごっこするの、恥ずかしくないの?」  椿と桜は睨み合った。最初からこの子とはそりが合わない。しかも、茶道を馬鹿にしている。茶室に入れよう。椿の能力は一人だけ茶室に入れることが出来る。そして茶室に入ると、椿の思い通りに出来る。まさに全知全能の力。外側から文芸部と天文部が何をしようが、この茶室は壊れない。  桜が竹刀を構えた時、椿は能力を発動した。喧騒から静寂な空間に変わる。二人は畳のある正方形の部屋に立っている。 「え? 何?」  桜は動揺しながら周囲を見る。対して椿はその場に座っていつも通りに、炉からお湯をくむ。 「茶室?」 「どうぞお掛けになって下さい」  椿がこう言うと、大抵の連中は椿を攻撃しようとする。そうすると茶室は相手のポイントを全て奪う。この茶室と言う箱の中では、そう言う風になっている。 「……」  意外にも桜は黙ってその場に座った。正座になり、持っていた竹刀は畳の上に置く。椿はそのまま茶筅で抹茶をたてる。桜はそれをじっと見ていた。 「どうぞ」 「……毒とか入っていないですよね」 「大丈夫。ヴァーチャル空間では味覚はまだ再現出来ないから、飲んだつもりになって」  桜は訝し気に椿を見ている。数秒して、桜はお茶碗を時計回りに二回回し、飲む仕草をする。 「あの、音を立てられないんですけど……」  意外だった。こんな素直になるなんて。すぐに斬りかかって来ると思っていたのに。桜はそのままお茶碗を二回回して畳の縁の外に置いた。 「ありがとうございます」  椿はお辞儀をする。 「……貴方、茶道をやったことがあるの?」  お茶碗を二回回して飲むのは正面を避けて飲む為の慣習であり、更に現実の茶道ではお抹茶を音を立てて飲み切ることで、美味しく頂いたと言う意味になる。 「はい。昔、親に連れられて。でも私、身体動かす方が好きで続かなかったですけど……」  桜はそう答えると、椿を上目遣いで見た。 「あの、さっきはすみませんでした」  桜は腰を折る。 「……何のこと?」 「茶道を馬鹿にして。先輩だって真剣にやってるのに……」  桜の言葉に椿は目を見開いた。まさかこの子が。桜は髪を金髪に染め、乱暴な戦い方から、茶室に入れても迷いなく自分を切ると思っていた。 「……分かってくれれば良いから」  椿と桜の間に静寂が顔を出す。この茶室の外では皆がこの戦いがいつ終わるのか、待っている事だろう。しかし隔絶された正方形の世界ではたった二人しか居ない。 「貴方はどうして戦っているの」  椿は静寂を破った。剣道部の部員は彼女一人らしい。 「……私、寂しがり屋なんです」  桜は苦笑した。 「剣道も双子の兄の楓がやっていたから、特に深い理由もなく始めたんです。でも、中学の途中で楓が剣道を辞めて弓道を始めた時は、正直悲しかった。ただ仲間も居たし寂しかったけど続けて、高校でも剣道部に入ったらVウォーズの襲撃に遭って。みんな私を置いて逃げた……」  桜は天井を見上げた。意外と素直に話すのだと、椿は意外に思った。 「だから自暴自棄になって金髪にして不良ぶって、何もかもどうでも良くなってたんですけど、そんな時に先輩達が現れて……」 「文芸部の?」  桜は頷いた。 「最初は下剋上なんて出来るわけがないと思っていました。でも、なんかこの人達なら凄いことしそうだなって、わくわくする自分が居たんです。それに春名先輩はまだ私のことを良く知らないのに守ってくれたし。まあ一番は四宇先輩が居たからだけど」 「天文部の……」  天文部の志藤四宇とは同じクラスである。しかし、彼はクラスの中でも地味な存在、いや浮いていると言ってもいい。最下位のせいか特に話す友達は居ないし、ずっとスマートフォンを見ているか、本を読んでいる。授業で当てられた時しか彼の声を聞くことはない。存在感はないわりに服装は派手で、ブレザーの下にはパーカーを着ているし、ピアスも開けている。顔は悪くないが、性格は暗く、それが雰囲気にも影響している。 「そうです。いつも生徒指導で呼ばれて、四宇先輩っておどおどしているわりに絶対に服装を直さないんですよね。まあ私もだけど」  桜は悪戯っぽく笑うと、少しだけ顔が柔らかくなる。 「私がグレて金髪にした時、誰も褒めなかったんです。それもそうですよね。校則違反だし当然親には怒られて、いつも私の味方をしてくれる楓も早く黒髪に戻せって言うし、クラスでも浮いちゃって。でも四宇先輩だけは、君の髪の色、星みたいで良いねって言ってくれて……」  桜は嬉しそうに笑った。 「好きなのね、志藤君のこと」  椿が言うと、桜ははにかんだ。 「好きです」  桜は言い切ったが、 「でも四宇先輩って弱そうじゃないですか」  真面目な顔をして言うので、椿は危うく笑いそうになった。 「だから、私が守ってあげないと思ってるんです。それで私、この戦いに参加したんです。由希也先輩と春名先輩にはとても申し訳ないんですけど、私、四宇先輩に良い所を見せて、あわよくば付き合いたいんですよ」 「志藤君、押せば何とかなりそうだと思う」 「ですよね!」  桜は目を輝かせる。 「何だ、先輩。笑えるじゃないですか」  桜の言葉に椿は瞠目する。 「いっつも怖い顔しているから、笑えない人だと思っていました」  いつも怖い顔をしていたのか。そんなつもりはなかったが、自分でも気が付かなかった。 「それで先輩は何で戦っているんですか」  桜の質問に椿はすぐに返すことは出来なかった。 「私は……」  この子は私に似ている。彼女は寂しかった。それは、私も。 「分かってほしかった。ただ、それだけ……」  茶道だって、遊びじゃない、 真剣にやるものだと。スポーツも、文化系の部活も関係ない。みんな、真剣にやっていて、誰が偉いとか、凄いとか、本来は関係がない。こうやって順位を付けるから、余計にややこしくなる。 「先輩にも分かってくれる人居ますよね」 「もう目の前に居るけど」  椿は言うと、桜は恥ずかしそうに目を逸らした。 「……今度はリアルでお茶を飲ませてくださいね」 「ええ」  もうここから出よう。椿は茶室を開けた。そうして、降伏を宣言した。部員は困惑していた。昨日の吹奏楽部に続いて、四天王である茶道部も敗北してしまった。 「君が負けるとは意外だったよ」  試合が終わると、椿に声を掛けて来たのは宇田川だった。 「君も工藤君もただ友達が欲しかったんだね」 「違う」  椿は宇田川を否定する。 「工藤君も私も理解者が欲しかった。友達なんて安っぽい関係じゃない」 「そうなんだね。僕には違いが分からないよ」  宇田川は変わらずに答える。 「ところで、何で茶室の中のことが分かるの」  茶室に居たのは自分と桜のみだ。茶室の中の様子は誰も見れないし、入れない。 「それがスーパーマルチクリエイター部の力だからだ」  宇田川は平然と答える。 「このVウォーズは何処で起ころうとヴァーチャル空間で争い、判定を下す。その戦いの映像を見れるのが部員の力だ」 「だから貴方は相手の出方が分かるのね」 「そういうこと」  宇田川は自信たっぷりに言う。 「君は他の部活のように場当たりで行動するのではなく、映像がなくても情報を集めて相手への対策を取っていた。どうやら向こうにも分析が得意な人間が居るようだ」  宇田川はそう言うと、文芸部の方を見る。神城が佐藤達に謝っている。 「いやまさか、僕がやられるとは不覚だった……」  神城は謝罪しながらも照れたように笑っていた。 「君が神城君を狙ったのは何故だ」 「彼があのチームの司令塔だから。それにステージを変える力も厄介だし。きっと向こうは力の強い佐藤君を茶室に閉じ込めると予想して作戦を立ててきそうだから、あえて神城君を狙って場を乱そうと思ったけど」  それが茶道部の作戦だった。文芸部の要は司令塔の神城だ。司令塔を潰せば、他の人間はどう動いて良いのか分からなくなる。その間に倒す。それが算段であった。 「でも、貴方の言っている分析係は志藤君。彼は冷静で取り乱した佐藤君を我に返らせた。彼は戦わないけど、馬鹿じゃない。それに佐藤君も剣道部の子も、意外と頭の回転が良かった。私の油断が敗北の原因」 「本当にそうかな」  宇田川は怪しく笑う。 「君が敗北宣言しなければ勝てたと思うよ」 「慰めようとしても無駄だから」  椿はもう、このVウォーズなど、どうでも良かった。ようやく、探していたものを手に入れられたのだ。 「君が四天王に居てくれないと困るな。僕の話し相手が居なくなる」  宇田川は椿をからかっているようにも、本心で言っているようにも見えた。 「早く佐藤君に謝って来なさい。そうしたらまた話してあげる」 「手厳しいなあ」  宇田川は笑った。その顔は宇宙人ではなく、十七歳の男子高校生だ。宇田川はそう言うと、佐藤と神城に視線を移す。二人は楽しそうに会話している。宇田川は羨ましいとか憎いだとか、そのような感情の視線ではなかった。ただ、もの悲しいと言うか、友人が乗った電車が発車してしまい、駅のホームに取り残されているような、そんな切なさを椿は感じていた。 「そうだ、神城」  遠くで佐藤の声が聞こえる。 「新作書いたんだけど、ネットに上げる前に読んで欲しくてさ」 「良いのか⁉ 僕で良かったら読むぞ!」  神城は子供のようにはしゃいでいる。 「ああ。まずは神城の感想が聞きたくて」  椿は悪寒が走った。宇田川の目が変わった。透明なクリスタルから、真っ赤な憎悪。野球部の高瀬も同じ紅の瞳だが、遥かに凌駕している深紅の双眸。憎しみか、怒りか。椿には分からなかった。刹那、雷鳴が轟いた。 “異常が発生しました” アナウンスが不気味に告げる。何が起きているのか、さっぱり分からない。そして場所が体育館から、拓けた大地に変わる。これは神城君の能力? しかし、神城も唖然と辺りを見ている。そして。 天空から赤色の龍が舞い降りた。 獰猛な牙と自らの威厳を表すような大きな翼。伝説上の生き物でこの世に存在しない龍の出現に、場が騒然となる。 「宇田川君……?」  椿は恐る恐る尋ねた。 「一体、何が起こっているの」 「ああ。何かのバグじゃないの」  宇田川の声色は酷く冷たかった。出現した龍は迷うことなく、神城に向かい、彼を彼方に吹き飛ばした。更に神城が吹き飛んだ先に大きな翼を広げて向かう。 「……神城君が大変なことになっているけど」  椿がこう言うも、宇田川は見向きもしない。 「知らない。放っておけばその内消えるよ」  宇田川はそのまま体育館から去って行く。 「部長、どうなっているんですか!」  まだ体育館に残っていた部員が椿の元に駆け寄る。 「早く逃げなさい」  部員達は体育館の外に避難する。龍は依然として消えない。あの龍は宇田川が召喚したものだ。椿は確信する。宇田川の能力は分からない。ある人が言うには、攻撃しようとしたらその攻撃が自分に返っていたと言う。ある人が言うには攻撃する武器が魔法のように消えていた。またある人が言うには、目の前に居たはずの宇田川が消えていた……。まるで都市伝説のように曖昧である。必ず弱点はあるはずだ。Vウォーズの能力は弱点があるように出来ている。しかし、能力が分からないから弱点を探すことは出来ない。完全無敵の存在。 「神城!」  佐藤の声が響く。先程まで会話していた桜も佐藤と一緒に龍を追っている。桜の兄の楓も彼女の想い人の志藤もだ。皆が必死である。友である神城の為に、龍に立ち向かおうとしている。もう、私の戦いは終わった。終わったけれど……。考える前に足が動いていた。今は身体が軽い。解放されたのだ。
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