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ⅩⅩⅦ章
トーナメントは着々と進んで行った。文芸部と茶道部の戦いの翌日はバレー部と演劇部の対戦があったが、事前にバレー部が棄権を申し出て、演劇部の不戦勝となった。この日は代わりに家庭科部と野球部の試合があったが、野球部の猛攻で家庭科部は敗北した。その後もサッカー部と陸上部の試合があり、サッカー部の放ったボールを避けられず、僅差で陸上部は敗北した。更にバドミントン部と水泳部の戦いが行われ、バドミントン部の竜巻と水泳部の出した波の戦いは、バドミントン部の竜巻が勝利した。
今日はバスケ部と美術部、テニス部の試合がある。テニス部と言えば徳田の剛速球サーブが有名だ。それに対抗するのがバスケ部、そして美術部だ。
「徳田さん、調子悪いみたいだよ」
観客席に着いて、志藤は言う。
「中庭の戦い以来、自信を無くしているのか、元気ないみたい」
中庭ではバレー部と戦って負けていた。そのことが自信喪失に繋がっているのかもしれない。
試合の準備が終わるのを待っていると、体育館の下から声が聞こえた。
「もうやりたくない!」
徳田の声である。
「でも、キャプテンが出ないとテニス部は負けます!」
部員が徳田に訴えかける。状況はよく分からないが、どうやら徳田は戦いたくないらしい。
「もうバレー部に負けてるんだから良いじゃん!」
「またポイントを取り戻すチャンスですよ」
「……もうどうでも良い」
しかしその後、部員に説得され体育館の中央に整列した徳田は、いつものように溌溂とした様子はなく、つまらなさそうに下を向いている。バスケ部には三年の渡辺の姿はなく二年生が三人、そして美術部は水田ともう一人の部員が参加している。
”バスケットボール・美術部とテニス部の試合を始めます”
アナウンスが流れたと同時、徳田の強烈なサーブが放たれた。いつもと同じ、当たったら一発でライフ五千が奪われる程の剛速球である。しかしそのサーブはバスケットボールのゴールのネットに吸い込まれる。
「初めて見るな」
神城が身を乗り出して見る。
「あれはバスケ部の部長の能力だよ。ゴールを出して吸い込むんだ。サッカー部の五十嵐君の能力と似てる」
そう言えば、中庭の戦いの時も五十嵐はゴールを出して攻撃を防いでいた。徳田の放ったサーブが次々と白い網のゴールへと吸い込まれる。
「うざいなあ!」
徳田はそれでも気にせず何度も何度もサーブを打つ。サーブは掃除機のようにゴールに吸い込まれるが、数が増えて来るとネットがボロボロになっていく。
「バスケ部のゴールは万能そうに見えるけど、攻撃されすぎると劣化するんだ」
志藤が説明する。しかしゴールで攻撃を防いでいる間に他の部員がドリブルをしている。渡辺がやっていた技だ。ドリブルすればするほどパワーが溜まる。しかしテニス部もラケットで攻撃を防ぐことは出来る。しかし、この間のバレー部のように威力のこもったボールでは防ぎきれないだろう。
「ああ、もううざいんだよ!」
徳田は叫ぶ。
「亜理華にとってのVウォーズはもう終わったんだ!」
徳田は繰り返し叫ぶ。その姿は見ていて、とても痛々しかった。
「私にはかわいいしかない! かわいいを取ったら何も残らない! 頭悪いし、テニスだってそんなに上手くないし、かわいいしかないのに!」
あまりの気迫に他のテニス部員も、ドリブルをしていたバスケ部員も動きが止まる。
「可愛いだけじゃないって、何か残したかった! だから! 勝って、勝って、勝ちまくって四天王まで上り詰めたのに!」
徳田は息を切らしながら、それでもサーブをやめない。
「負けたら証明出来ないんだよ!」
徳田がそう言ってスマッシュを打つと、バスケのゴールが壊れてしまった。
「キャプテン、もうやめて」
「うるさい! 戦えって言ったのじゃそっちでしょ!」
徳田はテニス部員を手で払う。
「もう嫌だ!」
徳田はラケットを地面に叩きつけた。ラケットは投げられた勢いでひしゃげる。場は静まり返る。さすがのバスケ部員も徳田を攻撃することは出来ないし、他のテニス部員も唖然としている。徳田はその場にしゃがみこんだ。顔は見えないが、泣いているように見えた。徳田は徳田で自分の為に戦っていたのかと、初めて分かった。ただ可愛い部員を集めて、男子に向かって強烈なサーブを放って楽しんでいるだけではなかった。やり方は間違っていたかもしれないが、あいつもあいつなりに戦っていたんだ……。
刹那、場に変化が起こった。何もなかった空間にひらひらと蝶が飛んで行く。色取り取りの蝶は次々と徳田に向かって集まっていく。そして周囲には鮮やかな花も咲き始めた。
「何だあれ。神城と同じ能力?」
「いや、あれは……」
春名が思わず呟くと、志藤は指差す。
「美術部だ」
美術部。描いたものが現実になる力。
「なに、これ」
徳田は顔を上げ、自分の周りだけ花が咲いたり、蝶が舞っていることに驚いているようだ。まるで徳田を癒そうとしているかのようである。
すると、徳田の前に美術部の部長の水田が歩み寄り、しゃがんだ。
「貴方はこの学校で一番可愛いよ」
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