2人が本棚に入れています
本棚に追加
ⅩⅩⅩ章
服は鎧だ。
服は日差しや寒さを防備するだけでなく、心も強くする。好きな服を着ると気持ちも明るくなるし、自信が持てる。私も誰かの鎧となるような服を作りたい。そう思って服飾の専門学校に入学を決めた。でも私は、井の中の蛙だった。
「僕は性同一性障害なんです」
演劇部の瑞貴にこう告げられた時、私は自分の世界の狭さに気が付いた。
「今度、文芸部との戦いの時に告白するつもりです」
私はこの時、何て言えば良かったんだろう。
家庭科部の長谷川美緒は服を作るのが好きで、将来は仕事にしたいと考えている。小学生の頃から裁縫の得意な祖母に服作りを教えて貰い、自分でも本を見ながら服を作った。中学、高校では家庭科部に入って本格的に服を作り始めた。
二年の秋からVウォーズが始まったが、家庭科部の力は任意の相手の服を着替えさせることで、攻撃を受けた時は相手の服を脱がして対処していた。女子は誰も攻めて来なくなったが、半裸にされても平気で攻撃してくる輩には、美緒の幼馴染でバスケ部の渡辺勇人が守ってくれた。バスケ部や同じ体育館で活動している、バレー部、バドミントン部、演劇部は協定を結び、家庭科部も活動場所は違うものの、仲間に入れて貰えることになり、何とか皆でVウォーズを乗り越えて来た。
三年になり、専門学校の願書を出して進学先も決まり、美緒は一足先に進路選択から解放され、服作りに没頭が出来た。高橋がやって来たのは、Vウォーズのトーナメントが始まってすぐだ。
「長谷川先輩、前に先輩は服は鎧だと言っていましたよね。僕に、鎧のような、強くなれる服を作ってくれませんか」
高橋はいつもと変わらず、無感情な顔で言うのだった。
「服を作るのは良いけど……」
美緒はそれ以上に気になることがあった。むしろ、何と反応をすれば良いのか分からない。下手な事を言って、高橋を傷つけたくなかった。
「……何で、皆の前で言う必要があるんだよ」
一緒に居たバスケ部の渡辺は美緒の代わりに質問をする。
「……泉が、学校に来れていないのは知っていますか」
安条泉はバレー部の主将である。思ったことははっきりと言う、少しきつい性格の女子だ。おっとりした性格のバドミントン部の柚木早苗とよく一緒に居るのを見た。三年の美緒はよく知らないが、何か中学での秘密を暴露されたとかで、今学校を休んでいるのは二年生の後輩から聞いた。
「僕らのような人間は、周りの理解がないと生きづらいんです。だから僕も、周囲と違うことを発表して、少しでも多くの一人に受け入れて貰って、また泉が学校に来られるようにしたいんです」
高橋の目を見ると、覚悟を決めているのは感じ取れる。
「……私で良かったら作るよ」
本気の高橋を見て、美緒は協力したいと思った。
「どう言う服が良いとか、希望はある?」
「特にありません。時間もないですし、お任せします」
高橋は深々と礼をして、家庭科室を去った。美緒も渡辺も、これ以上は何の言葉も発せなかった。
帰り道、いつもは今日学校であった出来事や昨日見たテレビの話をする、渡辺は黙って歩いていた。
「……一体、どういう気持ちなんだろうな」
渡辺はぽつりと呟いた。
「身体は男なのに、心は女って」
「……」
美緒は何も答えられなかった。
「……いつも男の振りをするって、辛いだろうな」
渡辺の独り言が、胸に響いた。
家に帰り、性同一障害についてインターネットで検索した。“身体と心の性別が一致しないこと”元々そう言う人達が居るのはテレビ番組で見て知っていた。でも、まさかこんな身近に居るなんて思わなかった。
そう言えば、と美緒はある出来事を思い出す。高橋が一年だった頃、古典劇をやるのに王子様の衣装が必要だと頼まれ、作ったことがあった。衣装は好評で女子達から喜ばれたが、肝心の高橋は全く反応がなかった。二年になった時、Vウォーズの影響で女子部員が辞め、急遽高橋が女性役を担当し、ドレスを着ることになった。そのドレスを作ったのも美緒で、試着している時、高橋は嬉しそうに身体を回転させ、ドレスをひらめかせた。この時、初めて高橋の笑顔を見た気がする。あまりにも嬉しそうにしているので、劇が終わったらドレスをあげると言ったら、飛び切り喜んでいた。てっきり彼女にでもあげるのかと思っていたけど、あれは、本当に着たいものを着られて嬉しかったんだ。瑞貴は、本当は女の子の格好がしたいのに我慢している。私は、どんな服を作ってあげたら良いんだろう。
普段はすぐにデザインが思いつく美緒も今回ばかりは頭を抱える。ただの服ではない。瑞貴が本当の自分を曝け出す為の、鎧となる服。やっぱり、スカートかな。でも、鎧のようなって言っていたし……。文芸部との決戦まで時間がない。美緒はパラパラとファッション誌をめくる。ワンピースやスカート。女子しか着れない服。そもそも女っぽいってなんだろう。花柄は可愛いとか、ピンクは女子っぽいとか。そもそもスカートは、何故男は履かないのか……。疑問が次々と浮かび、一晩悩んで考えた。
次の日、三年の美緒は午後の授業がなく、図書館で服のデザインを練った。放課後になって、家庭科室へと向かう。決戦は近い。洋服を上下作っている時間はないから、今回はデジタルにしよう。美緒が考えたのは、レザー素材の服だ。レザーは元々ライダースジャケットで男のイメージがあるが、今は女子も着ているし、スカートだってある。瑞貴が誰かに何か言われてもはね返せるような服。上はライダースジャケットにして、下はフリルスカートにしようかな。フリルのデザインも女子しか着ることが出来ない服である。
家庭科室に入ると、部員がヴァーチャルで服のデザインをしていた。Vウォーズは嫌だが、VAは好きだ。ヴァーチャル空間でのみ着れる、デジタルの服のデザインが出来る。着せ替えのように、例えばトップスも襟の形から色や素材などを選んですぐに組み合わせたものが見れる。ヴァーチャル空間でなら、その服をすぐに身に着けられる。服を作る必要がないので楽だが、これでは味気ないと美緒は思う。
でもデジタルは凄い。渡辺の友達で陸上部の椎名陸が高校最後の大会で怪我をして足を骨折してしまった。椎名は最初は酷く落ち込んでいて、親友の渡辺は自分のことではないのに泣いていた。数か月経った時、渡辺に誘われて美緒は椎名の練習を見に行ったことがある。椎名はヴァーチャルのグランドで棒高跳びをしていた。現実では松葉杖を使わないとまだ歩けない椎名が、何にも縛られずに自由に飛んでいる。実際は虚構だろうが、美緒には現実に見えた。
「陸くん、元気出たみたいだね」
「そうなんだよ。なんかおかめの面を被った女子に手紙をもらってさ、それからもう一回飛ぼうと思ったみたい」
「おかめの面……?」
美緒は気になったが、それ以上は追及しなかった。
「いいよなあ。俺もおかめ女子からでも良いからラブレター欲しいわ」
「まだそんなこと言ってるの。去年のバレンタインを忘れたわけじゃないよね」
美緒の言葉に渡辺の顔が一気に暗くなる。
「……俺の悲しい過去を思い出させるなよ! どうせ俺は、美緒ちゃん以外の女子からもチョコ貰えないんだよ!」
「私がお情けであげているだけ、感謝してよね」
美緒はなんだかんだ毎年渡辺にバレンタインのチョコをあげていた。そうでないと、一個も貰えないと騒ぐのだ。
「陸も五十嵐君も紙袋一袋分貰っているのに、何で俺だけ? やっぱり練習場所が体育館で俺の魅力が十分外に伝わらないから?」
「でも瑞貴や泉はチョコ貰ってたけどね」
「現実を突きつけないで!」
渡辺は叫ぶ。
「しかもさ、陸や五十嵐君がモテるのは分かるよ。二人ともさわやかだし、良いにおいするし、優しいしさ。俺が女子だったら二人にあげる。でも、高瀬ってどうなの? あの人を虫けらみたいに見る男が何でチョコを貰ってるわけ?」
「……お前、高瀬伝説を知らないな」
「何? 高瀬伝説?」
美緒が堅苦しい言葉を使うと、渡辺ものってくる。
「うちの家庭科部の沙羅ちゃんっているでしょ」
「あの髪の長い、かわいい子」
「そう。あの子が一回野球部員に襲われた時があって。野球部って強いから入ろうっていう人も居てさ、ガラの悪い男子も入部しているみたいだけど、そいつらに囲まれた時に高瀬が来て、その場で全員退部にしたの。それで沙羅ちゃんが助けてくれてありがとうございますって礼を言ったら、うちの部員がなっていせいで怖い思いをさせてごめんって頭下げたみたいで」
「あいつ、頭下げられるんだ」
「女子には優しいみたい。それで沙羅ちゃん高瀬のことが気になって、バレンタインにあの時はありがとうございましたってチョコをあげたんだよ。そしたら、クラスと名前を聞かれて」
「え、舎弟にすんのに?」
渡辺は真顔で言うので、美緒は危うく笑いそうになった。
「違うよ。それでホワイトデーに沙羅ちゃんのクラスまで行って、ちゃんとお返し渡したんだよ」
「何それ、高瀬のこと好きになっちゃうじゃん……」
渡辺は両手を握りしめる。
「しかも、チョコ開けようとしたら付箋で”ありがとう”って書いてあったんだって!」
「あ~、好き!!」
渡辺は声を上げると、
「……俺も高瀬にチョコあげようかな」
「いや高瀬、困るでしょ」
渡辺は本気で高瀬にチョコをあげる勢いである。
「高瀬にあげるなら私に頂戴」
「えー、やだ」
「何で」
「また夫婦喧嘩してる」
椎名が微笑ましそうに二人を見ながらやって来る。
「はあ? こいつ絶対無理」
「こっちのセリフなんだけど」
二人は否定するも、椎名はにこにこしながら見てきた。
美緒がぼんやりと回顧していると、スマートフォンに電話がかかってきた。渡辺からである。
「どうしたの」
「柚木ちゃん、見なかった?」
渡辺の声はいつものお気楽な様子と違い、切羽詰まっているようだった。
「え、知らないけど。早苗に何かあったの?」
柚木沙苗はバドミントン部の部長である。おっとりとした性格で、バレー部の安条と仲が良い。
「いや、泉の秘密をバラした犯人捜しをしているみたいで、中庭の戦いでバレー部に負けたテニス部の誰かがやったんじゃないかって、テニス部に攻撃してるんだよ」
「あの早苗が?」
美緒は信じられなかった。柚木は戦闘を好まない。バドミントン部は竜巻や強風を出す力があるが、滅多に能力を使うことはなかった。美緒も柚木のことを探しに家庭科室を出たが、見付からなかった。
どうしょう。諦めて家庭科室に引き返そうとした時、校門の前で竜巻が起こっているのが見えた。美緒は上履きのまま外に飛び出すと、そこには柚木と渡辺が居た。
「何で止めるんですか!」
柚木の怒っている姿を、美緒は初めて見た。テニス部員達が美緒の横を通って校内に逃げていく。柚木の怒りに呼応するように竜巻が更に渦巻く。
「犯人探ししたい気持ちは分かるけど、泉がもっと来づらくなるぞ」
対して渡辺は冷静に柚木に話しかける。
「だって、ずるいじゃないですか!」
柚木は声を荒らげる。
「どうして傷つけられた泉は学校に来れなくて、悪口を言った人達は平気で学校に来れるの? こんなの、絶対におかしいし、許せない……」
柚木はその場にしゃがみ込んで泣き始めた。嵐も消える。
「……私、どうすれば良いの」
柚木は大粒の涙を流した。美緒は柚木の元に行って一緒にしゃがんだ。
「……私、どんくさくて気弱でいつも泉に助けられてた。だから、今度は私が泉を助けようと思ったけど、どうしたら良いのか分からない」
嗚咽も漏らしながら続ける。
「泉が女の子が好きって知った時はびっくりしたけど、でも、別に良いじゃん。誰にも迷惑かけてないじゃん! なのに、どうして避けられないといけないの。普通じゃないって悪いことなの?」
柚木はついにわんわんと泣き始めてしまった。美緒は何と言葉を掛ければ良いのか分からなかった。ただ柚木の傍に居ることしか出来なかった。
「……俺も泉程じゃないけど、学校行きたくない時があってさ」
渡辺もしゃがんでいる柚木に合わせて腰を下ろす。
「昔、田舎に住んでて東京に引っ越して時にさ。訛りが酷くて喋る度にみんなに馬鹿にされて学校に行くのが嫌になってたんだよ。でも、当時男子並みに強かった美緒ちゃんが笑うなって怒ってくれてさ。守ってくれる人が居るって分かるだけで、学校に行くのも苦じゃなくなった」
渡辺はにっと笑う。美緒はそんなこともあったなと気恥ずかしくなった。
「たぶん泉は、何を言われるか分からないから怖いんだと思う。でも守ってくれる人が居ると分かるだけで、学校には来やすくなると思うぜ」
「でも私、守れる自信がない……」
「何言ってんだよ。テニス部相手に一人で戦ってた奴が弱いわけないだろ」
「泉も沙苗が守ってくれると知れば、きっと来るよ」
美緒も声を掛けると、柚木はようやく涙を手で拭って落ち着きを取り戻したようだった。
「……あの、お二人も知っていると思うんですけど、高橋君がみんなの前で言うじゃないですか」
美緒は頷いた。
「私、やめさせたいんです」
柚木は悲痛な顔になる。
「もし、本当に高橋君の意思なら止められませんけど、泉の為なら止めたい。それに何で告白しないといけないのか分からないんです。だって、おかしいですよね。普通と違うからって、どうして普通の人に受け入れて貰わないといけないんですか。普通ってそんなに偉いの?」
柚木の言葉に美緒は雷が落ちたような衝撃を味わった。……私。何て馬鹿なんだろう。
「友達の意見を肯定するだけが友達じゃない。そう思うんだったら、ちゃんと瑞貴に話して来いよ」
「……分かりました」
柚木は立ち上がると、二人に礼をする。もう目に涙はない。目元は赤いが、覚悟を決めた眼差しである。
「勇人先輩、美緒先輩、ありがとうございます」
その顔にはもう迷いはなかった。対して美緒は、自分の中である感情が湧き上がっていることに気が付いた。
「柚木ちゃん、大丈夫そうだな」
渡辺も安堵したように立ち上がる。美緒も一緒に立ち上がりながら、これからのことを考えた。瑞貴の告白は明後日。時間はない。でも……。
「美緒ちゃんの服作りはどんな感じ?」
「……」
美緒は渡辺に返事もせずに家庭科室に走って戻っていく。美緒ちゃん!と呼ぶ声がしたが、構わずに走る。駄目だ。あの服じゃ駄目だ。
美緒が家庭科室に戻ると、中は誰も居なかった。ヴァーチャル・フィールドに入り、先程デザインした服がヴァーチャルのマネキンに飾られている。黒色のライダースジャケットに薄い黄色のフリルのスカート。トップスは鎧のように強さがあるものにし、ボトムスは女性らしさを意識した。
「良いじゃん!」
美緒の後を追ってきた勇人は、美緒のデザインした服を見て褒めた。しかし、美緒はそのスカートをマネキンから引っぺがして、投げ捨てた。
「美緒ちゃん、何してんの!」
渡辺は焦ったように美緒の手を止める。
「この服じゃ駄目だ!」
美緒は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「この服ならライダースが男らしさもあってスカートは女っぽくて、瑞貴がみんなに受け入れてもらえるって思って作った。でもそれって、何て上から目線なんだろう。どうして私達が認める必要があるの? 私、自分は差別していないつもりだって思っていた! でも無意識の内にしてた!」
美緒は自分が情けなくなくて、涙が出て来た。この服なら、きっと瑞貴はみんなに認められるだろう。そう思って作ったが、それこそが差別であると思った。どうして瑞貴は普通と違うからと言って、認められなければいけないのか。柚木の言葉で自分は意識下で差別をしている気がした。瑞貴は身体が男でも、心は女子だと認められやすい服。そんな服、鎧なんかじゃなくて呪いだ。
「……俺もそうだよ」
渡辺が後ろから声を掛ける。
「この服を見た時、これなら瑞貴はみんなに受け入れて貰えると思った。俺も差別してたよ」
美緒は歪んだ視界で渡辺を見た。
「私、作り直す」
「今から間に合うのか」
「間に合わせる」
「じゃあ、俺も手伝う」
渡辺は笑みを浮かべる。美緒は決して本人には言えないが、渡辺の笑みに何度も救われている。
「デザインは決まってんの」
「まだ完全には。でも試したいことがあって。勇人、手伝ってくれる?」
「任せな」
「じゃあまず、部活の延長届出してきて」
「早速パシリかよ」
渡辺は苦笑しながらも、すぐに職員室に向かう。時刻は五時。部活の延長は七時までだ。それに明日は瑞貴と一緒に文芸部に行って負ける代わりに時間をくれるように頼み、それから瑞貴に衣装のデータを渡さないといけない。つまり、今日中に仕上げる必要がある。数分すると、渡辺が戻って来た。
「とりあえず、七時までは活動して良いって」
「分かった。ありがとう」
美緒はタッチペンでデザイン案を描く。ペンでデザインした服をそのまま立体的に変換して、着る事も出来る。渡辺は美緒の邪魔をしないように、大人しく椅子に座って待っている。
「ねえ、勇人」
「何?」
「例えば、こう言う服、どう?」
そう言って立体的に変換した服を、勇人に向かって見せる。
「この三着を着るの。瑞貴の変身の力があれば、家庭科部の力がなくても服装も変えられるからさ」
「これって……」
勇人は驚きの声を上げる。
「さすがの馬鹿の勇人でも分かるでしょ」
「凄く、良いと思う」
普段は“馬鹿”と言うと怒る勇人だったが、勇人は食い入るように美緒の作った服を見る。
「……私、思ったんだ」
美緒は自分のデザインした洋服を見る。
「勇人はバスケのユニフォームで肩を出したり、足を出したりしても別に恥ずかしいとは思わないでしょ」
「え? ああ、うん」
美緒の言葉の意図が分からないのか、勇人は頷いた。
「陸上部やマラソン選手だって短いズボンで足を出しても、私達はそういうものだって特に何も思わない。でも、ファッションではまだそうはいかない」
男の身体でスカートや短い丈のズボン、ワンピースを着れば、気持ち悪いと思う人は大勢居る。今はまだ、人々の意識を変えることは美緒には出来ないと思った。
「だから、着ていてもおかしくない“建前”を作ることにした。私が出来るのはこれしかないから……」
「しかじゃねえだろ。美緒ちゃんだから出来るんだ」
渡辺は自信満々に言う。
「俺も、何で瑞貴が皆の前で告白しないといけないんだって思った。その為の服も変だと思った。でもこれなら良いと思う。さすが美緒ちゃん」
「勇人のおかげだよ」
柚木の前で、渡辺は美緒に助けられた話をした。しかし実際は美緒も渡辺に助けてもらった。
初めて美緒が服を作ったのは、小学生四年の時だった。親戚の結婚式に参加した時にウェディングドレスを見て感動した美緒は、ドレスが着たいと騒いだものだ。そこで美緒の祖母がドレスを作ってくれた。美緒はドレスが作れることに驚き、祖母の家に行って服作りを習った。初めて作ったのはスカートだったが、完成した喜びで糸の処理が甘く、縫い目が解けそうだったり、パッチワークがずれていることは目に入らなかった。意気揚々とスカートを履いて登校した美緒だったが、みんなにどうしたのと言われ、仲の悪い男子にはダサいと言われた。美緒は自分が作ったとは言えなかった。
放課後、友達との遊びの予定も全て放り投げて足早に家に帰っていると、渡辺が後を追いかけて来た。
「長谷川さん!」
この頃、まだ親しくなかった二人はお互いを苗字で呼んでいた。
「何? 急いでるんだけど」
「ごめん、でもどうしても言いたいことがあって……」
どうせダサいでしょ。美緒は無視して帰ろうとすると。
「僕はその服、凄く良いと思う」
美緒は驚きで咄嗟に言葉が出なかった。
「……これ、私が作ったんだ。でもボロボロで」
「作ったの? 服を⁉」
渡辺は目を輝かせる。
「凄いよ、長谷川さん。服を作れる人なんて居ないよ」
「でも皆に馬鹿にされたし……」
「服を作ってから馬鹿にしろって言いなよ」
あの時、渡辺が声を掛けてくれなかったら、きっと美緒は服を作り続けることはなかったと思う。
「瑞貴が喜んで、堂々と着てくれると良いな」
この日は帰り、翌日は高橋と共に文芸部に話をしに行った。そして、美緒の作った服のデータを託す。
そして当日。ステージの上の高橋を見た美緒は、立っていられない程、泣いてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!