ⅩⅩⅩⅡ章

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ⅩⅩⅩⅡ章

 演劇部との戦いも終わる。終わった時の高橋の姿は何かをやり切ったような達成感が感じられた。後で録画された映像を見ると、高橋は学校の制服のようなものを着ていた。ようなもの、と言うのは、高橋が履いているズボンとスカートが合わさったような服の名称が分からなかったからだ。戦いの後、春名が高橋を見ていると、高橋は春名の視線に気が付いて、少しだけ目を細めた。いつも無表情で感情の発露が少ない高橋に感情の色が付いたのを見たのは初めてだった。この戦いで、また高橋も変わったのだと思う。四天王の高瀬を除いた三人もそうだ。憑き物が落ちたような顔つきになっている。じゃあ宇田川は? 春名は宇田川を見たが、奴はいつもと変わらなさそうだった。  次の日の二回戦は、バスケ・美術部と宇田川が戦うことになる。写真部の寺下の協力の元、またカメラを設置する。 「今回は何か能力の糸口が掴めると良いけど」  志藤はカメラを用意している。 「前回は何か分かったのか」  寺下が尋ねる。 「それが映像を見ても何もなかった。まるで魔法だよ」 「でも四宇先輩の読み通り、平部員の能力は過去の戦いの記録を見ることでしたよ」  桜が四宇先輩さすがです、と志藤に熱い視線を送る。 「そうなのか」 「はい。茶道部の椿先輩とお茶会したんですけど、その時に教えてもらいました。椿先輩は宇田川先輩から直接聞いたみたいです。嘘を言う人じゃないから信じられると思います」  八乙女が言うなら間違いないだろう。 「ただ椿先輩も宇田川先輩本人の能力は分からないみたいですけど……」 「しかし、平部員の能力が分かっただけで上出来ではないか。今日も含めて後二試合あるのだから、それまでに見極めれば良い」  神城は相も変わらず、明るい調子で言う。普通であれば、絶望的な状況だ。相手の能力の全容が掴めない。分からないと言うことは、対策のしようもないのだ。それでも神城が言うと、安心感がある。何とかなると思えてくる。一種の才能のように思う。 「一穂先輩~! 頑張ってください!」  声のした方を見ると、テニス部の徳田が体育館に立っている美術部の水田に手を振っている。 「宇田川ちゃんの眼鏡、かち割ってやれ!」  徳田はそう言うと、徐に春名の隣へとやって来る。 「……なんか、色々とごめんね」  徳田は春名の顔を見ずに小さく言う。春名は何のことだか分からなかった。 「えっと、何が?」 「はあ?」  春名の返答に徳田は顔をしかめ、春名の足を蹴った上、ネクタイを引っ張る。春名は無理やり自分よりも背の低い徳田に向かって屈んだ姿勢になる。 「せっかく勇気を出して謝ったのに、何それ。余程の馬鹿かお人好しちゃんだね」  徳田は何故か怒っているようだが、春名は理由が分からなかった。 「苦しいからネクタイを引っ張るの、やめろ」 「亜理華君は春名君のことが好きなのか」  春名の背後で神城が尋ねると、徳田はすぐにネクタイから手を離した。 「は⁉ そんなわけないじゃん!」  徳田は慌てた様子である。 「まあ、背が高いし、タレ目ちゃんのところとか、慌てた時の顔は可愛いと思うけど? でも、全然亜理華のタイプじゃないし!」  徳田はそう言うも、桜が小さく“めっちゃ好きじゃん”と呟いた。春名もドギマギする。 「春名君は亜理華君のこと、可愛いと言っていたぞ」 「ちょっと、お前!」  確かに神城に部活の紹介をした時に徳田のことを可愛いと言ったし、実際そう思っている。しかし、本人の前で言うか。 「え? 嘘、本当⁉」  対して徳田は嬉しそうに飛び跳ねる。その反応に、春名は心拍数が上がるのを感じた。 「ねえ、春名ちゃん。連絡先教えて!」 「え? 良いけど……」  春名は神城や桜の前で恥ずかしいと思ったが、連絡先を交換する。ちらりと見えた徳田の待ち受け画面にどこか見覚えがあった。 「その絵……」 「あ、これ?」  徳田は春名の視線に気づく。 「昇降口に飾ってある、一穂先輩の絵なんだ」  そう言って徳田は画面を春名に見せる。綺麗な色遣いの絵だ。川に色取り取りの蝶の群れがとまっている。 「アリカ、この絵も一穂先輩も大好きなんだ」  そう言った徳田の顔は、とても可愛いらしかった。 「……今日の試合さ。びっくりすることが起こるから楽しみにしてて」  徳田はにやりと笑う。  それから試合が始まるアナウンスが流れた。神城と桜がにやにやしながら春名を見てきたが、春名は睨み返した。徳田はまだ春名の横に居る。体育館に視線を移すと、相変わらず宇田川は一人で立っていた。  試合が始まると、バスケ部はドリブルを始め、もう一人はゴールを出した。美術部は後ろで何か用意をしているみたいだ。動き出したバスケ部と美術部に対し、宇田川はただ突っ立っている。 「……何で何もしないのだろうな」  神城は不思議そうに呟いた。余裕なのであろう。宇田川はポケットに手を突っ込んだまま微動だにしない。すると、美術部が前に出た。 「よく見てて」  徳田は一際楽しそうな顔を出す。 すると。ステージが暗くなった。そして。目を疑う。ステージの上にはどんどんと魑魅魍魎なものが溢れ出て来た。 「あれって……」 「鳥山石燕の『画図百鬼夜行』だな!」 「当たり!」  神城の言葉に徳田が返答する。体育館には赤い皮膚で長い鼻の天狗、怪しく光る狐火、人間のように立っているが顔が猫の猫又など、どんどんと妖怪が現われる。 「宇田川ちゃんに勝てなくても、鼻を明かしてやりたいってことで、びっくりするような絵を出そうってなって、それで神城ちゃんが河童を出したって話を聞いたから、こっちは百鬼夜行にしたの。美術部は印刷された絵も出せるって言うからさ」 「凄いではないか!」  神城は勝負そっちのけで身を乗り出す。いきなり妖怪の大群が出てきたら、さすがの宇田川は驚くだろう。それに数も多い。どうやって対抗するのだろう。 「へえ。そう来るか」  宇田川は幾ばくか驚いたように言うと、 「じゃあ、こっちも」 とだけ言った。すると。宇田川の背後から何かが現れた。  骸骨である。 「ねえ、何あれ!」  徳田は春名の右腕を掴んで叫ぶ。 「あれは歌川国芳のがしゃどくろだ!」  神城が興奮したように叫ぶ。 「ちなみに、あのがしゃどくろの絵の名前は『相馬の古内裏』と言う」  神城は何故だか冷静に解説する。体育館には天井にまで届きそうなくらいな白骨が動き始める。動く度に骨同士が当たって鳴り、がちがちと言う音が響く。不気味である。 「百鬼夜行にがしゃどくろ。まさに妖怪大戦争だぞ、春名君!」  神城は春名の左手を揺らす。対して右手は徳田に掴まれている。 「いやもう、部活の試合じゃないでしょ」  志藤が呆けている。  結局試合はがしゃどくろの出現により、バスケ部と美術部が棄権して終わった。さすがに相手が巨大ながしゃどくろを出したなら、棄権したくなるのも分かる。 「何で宇田川ちゃんも骸骨出せるわけ⁉」  徳田は春名の胸倉を掴みながら揺らす。 「指定の絵を出せるのが美術部の能力だったよな。と言うことは、やはりコピー能力か」 「いや、違う」  志藤は何か考えているように神城の言葉を否定する。 「美術部はコピーでも良いから絵が必要なんだ。思い浮かべて絵を実体化する力ではないはず。見た感じ、絵も持ってなさそうだった」 「お星ちゃんの言う通り! 一穂先輩は実体化する絵が必要だって言ってた」  徳田は春名から手を放す。 「それにコピーじゃないと思うよ」 「そうなのか」 「うん」  徳田は何か知っているかのように相槌を打つ。 「だってあたしが一回宇田川ちゃんにサーブ打った時、絶対サーブを打ったのにボールが消えたの。魔法みたいにぱっと」  手を広げながら徳田は怪訝な顔をする。 「それで次にスマッシュを打ったら跳ね返すって言われて、こいつには勝てないなと思ってやめた。ボールを消す力の部活なんてないでしょ。でしょ、お星ちゃん」  お星ちゃんと呼ばれた志藤は頷いた。 「そうだね」 「本当、魔法使いみたいでむかつく」  徳田はそう言って立ち上がる。 「春名ちゃん、伊織ちゃんの眼鏡かち割ってね」  徳田はそう言って水田の方へ走って行った。 「春名君、脈ありだぞ」 「春名先輩、良かったですねえ」  神城と桜がにやつきながら春名の腕を叩くので二人を無視をして、先に志藤と共に部室へ帰る。 「もう一回映像を見ようか」  志藤はカメラの映像をパソコンに取り込み、先程の試合を見返すが、特に何も分からない。宇田川はただ突っ立て居るだけで、何かしている様子はない。 「ん?」  志藤は目を細めた。 「どうした?」 「ごめん、ちょっと良い?」  志藤はパソコンを自分の方に持っていく。 「……やっぱり」  志藤はパソコンを操作しながら呟く。 「佐藤君」  志藤は春名の名を呼ぶ。顔色がいつもよりも明るい。 「僕、宇田川君の能力、分かったかも」 「本当か⁉」  春名は思わず声を上げてしまう。 「これ、見て」  志藤にパソコンのディスプレイを指差され、春名も画面を注視する。画面には百鬼夜行の妖怪達が映っている。志藤が映像を流すと、妖怪の一匹がむくむくと骸骨に変形をしながら巨大化していった。 「分かった?」 「ああ。水田先輩が出した妖怪ががしゃどくろになった……」  となると。春名の中でもある程度の推測が生まれる。 「宇田川は美術部のように絵をヴァーチャルに出力する能力じゃなくて、妖怪をがしゃどくろに変えた。何だろう、組み替えられるってことか?」 「そうだと思う」  志藤は嬉しそうにする。いつも無表情の志藤が笑うのは珍しい。 「たぶんだけど、相手の能力を自由に組み替えられる力なんだと思う。さっきも徳田さんが言っていたでしょ。ボールが消えたって」 「ボールを消えるように組み替えたってことか」 「そう。弓道部の試合の時の説明もつく。念力と言うよりは、相手の出したものを動かせるようにしたら?」 「矢も的も動かせるな」  志藤は頷いた。 「凄いな、志藤。あいつの能力の正体を突き止めるなんて」  これなら宇田川対策も考えられる。 「まだ結論付けるには早いけど。でも、組み換えの能力なら宇田川君が自分から攻撃しないのも分かるよね」 「相手がヴァーチャルで何か出せなければ、組み換えも出来ないからな」  それなら宇田川も突っ立っているしかない。 「ただこれだけ便利な能力、絶対に何か発動の条件があるはずなんだ」  志藤はお手上げといった様子で部室の天井を見る。 「発動条件って、俺だとスマートフォンに文字を書かないといけないことと、物や生き物しか出せないことってことか」 「そう。他にも神城君のようにバトル中一回しか発動出来ないって言う回数制限や陸上部の部長さんみたいに、十秒早く走れても二十秒は普通の速度でしか走れない、みたいな時間制限。何かしらの制限はあるはずなんだ……」  志藤はそう言ってパソコンの映像を見直す。 「何かしている様子はないんだよな……」  志藤の言う通り、映像を見ても宇田川が何かしている様子はない。 「相変わらず、ポケットに手を突っ込んで偉そうだな」  春名は試合中も余裕で立っている宇田川に苛立ちを覚える。 「癖なの?」 「ああ。中学時代からそう」 「うーん……」  志藤も八方ふさがりと言った様子だが、パソコンのキーボードを叩き、過去の宇田川の映像を見る。 「やっぱり、どれを見てもポケットに手を突っ込んでいるね。癖かもしれないけど、何か隠してるんじゃないかな」 「それは考えられるな。一回ポケットから手を出させて様子を見てみたいが……」 「次の宇田川君の対戦相手は軽音、写真部対バドミントン部の勝った方だ。軽音、写真部が勝てば、音羽さんと寺下君に頼めるよね」  春名と志藤は顔を見合わせる。 「バドミントン部でも柚木さんなら話を聞いてくれそうだし、どちらにせよ頼んでみるか」  翌日に行われた、軽音・写真部対バドミントン部の試合は、正直軽音、写真部が勝つと思っていたが、何とバドミントン部が勝利した。動きを封じる力のある宮藤が魔王の工藤の催すお茶会に誘われた為参加せず、軽音、写真部が動き出す前に柚木を筆頭に嵐を巻き起こされ、敗北してしまったのだ。  春名は神城と共に柚木の元へ向かう。昨日は遅れてやって来た、神城と桜、楓に志藤の推論を話したら、お祭り騒ぎになった。ようやく勝てるかもしれないと言う希望の光が見え始めたのだ。 「早苗君、折り入って頼みたいことがある」  神城は柚木を呼ぶと、柚木と一緒に居た高橋と安条も振り向いた。安条は数日休んでたと聞いたが、もう今は元気そうである。高橋は何故だか花のヘアピンを付けていた。同じものを安条と柚木も付けている。 「次の試合のことかな」  柚木は察しているように返事をする。 「そのことなんだが」 「協力出来ることならするよ。文芸部はみーちゃんのお願いを聞いてくれたし、私も順位を付けるとかそういうの、良くないと思うから」  みーちゃんとは誰の事だろうと思ったが、おそらく高橋のことだろう。高橋の名前は瑞貴だ。 「恩に着る」  神城はそう言って、ポケットから何とか手を出させるように出来ないか、説明をする。 「分かった。頑張ってみるね」  柚木は快く承諾してくれた。 「それだけで宇田川の力が分かるの」  安条は怪訝な顔をする。 「ある程度目星は付いてるんだけど、能力を発動する条件が分からなくて」 「三人は交戦したことはあるか」  神城が聞くも、全員が首を横に振ったが。 「あ」  安条は声を出した。 「一回だけあった。バスケ部と一緒に。その時にさ、ちょっと気になることっていうか……」 「気になること⁉」  神城は一歩前に出る。 「うん。前にバスケ部の勇人先輩がVウォーズはくだらないって宇田川にカチコミしに行ったことがあって」  その話は初耳である。 「バスケ部と勇人先輩と仲良い陸上部とバレー部でね。まあ勿論、負けたんだけどさ」  安条は苦笑する。 「その時にバスケ部の放ったボールとか全部宇田川の前で見えない何かに反射されて全滅。でも私はまだライフが残っていてどうしても一矢報いたくてさ。バレー部の平部員の力はサッカー部みたいに何処でもボールを出せて壁や床にぶつけること。だからどうせ弾かれると思ったけど、ボールを出した。宇田川の頭の上から。そうしたらビビってた」 「どういうこと?」  春名達の代わりに柚木が尋ねる。 「何でも出来る能力なら、あのボールだって弾けばよかった。でもしなかったし、驚いていた。まあ本当にそれだけなんだけど……」 「それは貴重な意見だな」  神城は考え込む。 「その時の伊織君の様子は覚えているか。ポケットに手を突っ込んでいたとか」 「ごめん、さすがに覚えてないわ」 「そうか。貴重な意見ありがとう」  神城は三人に礼を言う。 「明日はサッカー部と野球部の試合だよね。勝った相手と戦うんでしょ。頑張ってね」  高橋は今まで人形のように表情が動かなかったが、今は違う。柔らかい表情を浮かべている。あの試合以来、変わった。試合の時、何故泣いていたのか、春名は気にはなったが本人に聞く気にはなれなかった。きっと、それぞれの事情があるのだ。 「なんか、今の方が良いな」 「え?」  高橋は聞き返す。春名はどうしても、伝えたかった。 「いやなんか、前は何考えてるのか分からなかったけど、今の方が接しやすいって言うか、あの試合以降顔色が変わったって言うか。今の高橋の方が良い顔してる」 「……そうだね。僕は変わることが出来たんだと思う」  高橋は微笑む。 「次の試合、どっちが勝つのかな。やたら高瀬が五十嵐に突っかかってる気がするけど」 「昔はあんなんじゃなかったのにな」  安条の言葉に柚木は顔を曇らせた。 「あれ、沙苗って二人と同じ中学だっけ」 「うん。二人とも仲良かったよ。高瀬君ももっと明るくて、いつも友達に囲まれてた。でも五十嵐君は……。あんまりこういうこと言うのは良くないけど……」  柚木は何か言うのを躊躇ったが、静かに口を開いた。 「……五十嵐君は今と全く変わってなくて、凄く性格良いし、勉強もサッカーが出来て悪いとこなんて見付からない」  春名の中の五十嵐の印象もそうだ。部員の不始末をわざわざ謝りに来て、中庭でも助けてくれた。元より悪い話も聞いたことがない。 「でも何故だか、いつも居る友達が変わってばっかりだったな。何故かは分からないけど……」 「それって、ただ単に友達が多いだけじゃないの?」 「そうなのかもしれないけど……」  安条の意見に柚木は頷いた。 「なんか変なことにならないと良いけどね」  安条の読み通り、不穏な戦いが始まった。サッカー部と野球部の試合の当日、高瀬は相変わらず苛ついたようにサッカー部に宣言する。 「司佐! この勝負、俺とお前の一対一にしろ」  高瀬はステージ上で叫ぶ。対して五十嵐は納得行かない様子ではあったが、 「……分かった」  と返事をし、他の部員達にステージから降りるように話す。 「まさにタイマンですね」  桜が呟いた。その通り、決闘に近い。 “サッカー部対野球部、バトルを開始します” アナウンスが流れると、それぞれユニフォームに変わるが。五十嵐は変わらなかった。高瀬は真っ白の野球のユニフォームに変わっているが、五十嵐は制服のままである。 「ふざけているのか、司佐?」  高瀬がますます苛つく。 「本当ならユニフォームに変わるのか」  神城は桜と楓に尋ねる。文芸部は元々制服のまま活動をしているので、特に外見の変化は起きない。 「そうですね。試合になると切り替わりますけど、制服のままになるように指定も出来ますよ」 「私は袴が動きづらいから、制服のままにしてる」  楓はいつも弓道着、桜は制服姿だ。しかし、五十嵐は……。 「ユニフォームを着ないと言うことは、試合をしたくないと言うボイコットか?」  神城の言葉を受けて、春名はステージを見た。 「俺と戦え」 「俺が負けで良いよ」  五十嵐は小さく言うのだった。 「お前は何処まで俺を侮辱すれば気が済むんだ!」  高瀬は五十嵐に向かい胸倉を掴んだ。 「俺はお前と戦わなければいけない!」 「友達と戦えるわけないだろ!」  五十嵐は初めて声を荒らげた。そして胸倉を掴む、高瀬の腕を振り払う。 「俺が何で涼雅と戦いたくないのか、分かるか。友達だからだよ。ヴァーチャルとはいえ、友達を傷つけたくない」  五十嵐の言葉に高瀬は呆れたような顔をしていた。 「俺とお前は友達じゃない」  高瀬の言葉に五十嵐は大きく目を見開いた。そして唇を噛む。 「……そっか。涼雅もか」  五十嵐は泣きそうな声で呟いた。昨日の柚木の言葉が思い出される。 「……じゃあさ、戦うから教えてよ」  五十嵐は笑っていたが、その姿はとても痛々しかった。 「俺、中学の時から何かしたわけじゃないけど、友達と仲良くなると、みんな離れて行くんだ。最初はたまたまだと思ったけど、みんな俺から逃げていく。ここまで来たら俺の何かが原因だろ。教えてよ、何が悪かったのか」 「……」  高瀬は黙って五十嵐を見ているだけで、何も答えない。 「……お前は、何もしていない」 「じゃあ、何で! 何でみんな、俺の友達をやめるの? 俺に原因があるんだろ⁉」 「お前の存在そのものが眩しすぎるんだ」 「え……」  五十嵐は絶句する。 「司佐は誰にでも平等に接することが出来る。気が利く。成績は優秀だし、本当に悪いところなんて何もない。完璧だ。ただそれは一緒に居る者としては辛い。大方の奴はそれが原因だ。でも俺は違う」  高瀬は続ける。 「俺は司佐のことが好きだった。俺も頑張ろうと鼓舞して来た。でもお前はいつもヘラヘラ笑っているだけの人間だと気が付いた。普段は良い。でも試合で負けた時、普通は悔しくて辛いのにお前はいつもしょうがないと言って笑っていた。練習だっていつもいつもいつも!」  そう言って高瀬は五十嵐の顔を殴った。殴られた衝撃で五十嵐は背中からステージの上に倒れる。同時に五十嵐のポイントが五百減った。 「何かをするには忍耐が必要である。俺達は切磋琢磨している中、お前はいつもヘラヘラ部活をして、心底苛ついた。お前を見ていると、苛つく。お前に負けた自分が腹立たしい。だから! お前を倒さないと俺は前に進めないんだ!」 「……」  五十嵐は倒れたまま、何も言わない。しかし、ゆっくりと立ち上がった。顔は下を向いていて分からない。 「は?」  聞いたことのないくらい低く、どすの聞いた声であった。 「そんな理由で?」  いつも穏やかで笑みを絶やさない五十嵐は今、怒りの顔に変わっている。初めて見た。さすがの高瀬も驚いたように一歩後ろに下がる。 「自分の成長の為に、俺の気持ちを利用してるんじゃねえよ!」  五十嵐はそう叫ぶと拳を振り上げた。高瀬の顔に命中し、高瀬は倒れ込む。 「せっかく忠告したのに、本当に馬鹿な男」  近くに居た八乙女が呟いた。 「どういう意味ですか」  桜が八乙女に尋ねる。 「ああいう普段普段笑っている人程、怒らせたら取り返しがつかないと」
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