ⅩⅩⅩⅣ章

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ⅩⅩⅩⅣ章

 サッカー部、野球部との激闘が終わり、最後に残った四つの部活は春名達、文芸部、天文部、剣道部とサッカー部、バドミントン部と宇田川率いるスーパーマルチクリエイター部だ。文芸部はサッカー部と準決勝を行ったが、サッカー部は棄権をした。五十嵐は文芸部に宇田川と戦うように託したのだ。今日はバドミントン部とスーパーマルチクリエイター部の戦いがある。これで宇田川の能力の分析も最後の機会となる。春名がスマートフォンに文字を記すことなど条件があるように、宇田川にも必ず能力を発動させる条件がある。その条件を探せるのは今回で最後だ。バドミントン部の能力は 部長の柚木は竜巻を発生させること、部員は強風を出すことである。  バドミントン部の試合が始まった。部員たちはまずはラケットを振って突風を起こす。さすがに宇田川も態勢を崩し、ポケットから手を出す。更に続けて柚木も竜巻を出す。普通では立っていられないはずだ。宇田川は両手を顔の前に出して、身体のバランスを保つ。 「突風は時間が経つとなくなるけど、竜巻は柚木さん本人の意思で消すか、相手の能力で消すしかない」  志藤が注意深く宇田川を見る。まだポケットに手を入れていない。しかし。右手をポケットに入れた。すると、竜巻は柚木らバドミントン部の方へと方向を変える。柚木は慌てて消すようにラケットを振るが、竜巻はそのままバドミントン部の陣営へと衝突し、ポイントが全てなくなった。 「弓道部の時と同じだね」 「つまり、竜巻を操る所有権を組み替えたと言うことか」 「たぶん」  柚木が竜巻の操作する権利を組み替えて、宇田川にすれば、たとえ竜巻を出したのが柚木でも、その後操ることが出来るのは宇田川だけになる。 「能力が分かっても発動の条件がな……」  志藤は小さく呟いた。  試合後、バドミントン部の柚木は春名達の元に来たが、何が起こったのか誰も分からないと申し訳なさそうに言った。志藤はカメラを回収して映像を確認するが、特に何も言わないので発見はないだろう。 「僕、家に帰って画像解析ソフトで見てみるよ」 「よろしく頼む」  神城はそう言うが、 「何か手伝えることはないか」  と春名は志藤に尋ねる。いつも志藤ばかりに任せていて申し訳なく思った。 「もう明日だしね。僕が気付かないこともあるかもしれないし、後で連絡して意見を聞くのも面倒だから、良かったら家で一緒に見てみる?」  志藤の提案に誰よりも先に返事をしたのは桜だった。 「え、良いんですか⁉」 「桜、遠慮ってものはないの」  楓は呆れながら桜をたしなめる。 「僕は別に良いけど。親も仕事だし」 「でも四人で行って迷惑じゃないか」 「大丈夫」  志藤がそう言うので、春名達は志藤の家に向かうこととなった。  宇田川との試合は明日だ。ここで何か掴まなければまずい。春名は焦燥感に駆られるが、他のみんなはいつもと同じ様子である。  志藤に連れられ、志藤宅へと向かう。高校の最寄り駅から二十分程電車に揺られ、電車を降りて住宅街を歩く。遠くの方で一軒だけ屋根のないビルのような家が見えた。不思議な造りだと思いながら志藤の後をついて行くと、志藤はそこで止まる。 「ここが僕の家」  志藤は門を開けて玄関に向かう。 「なんと、立派な家ではないか」 「ビルみたいで格好良いな」  神城と言っていると、志藤は鍵を開けながら答える。 「屋上のある家にしたんだ。天体観測出来るから」  そう言って、どうぞと促した。 「お邪魔します」  春名達は家に上がり、リビングへと案内された。突然の来訪にも関わらず、家は綺麗に片付いており、余計なものがない。春名の家とは大違いだ。家族みんながそれぞれ物を置いてそのままにし、誰かが来るときは慌てて片付ける。 「僕の部屋だと狭いから、リビングで待ってて。今飲み物持って来る」 「私、手伝います!」  桜は部屋をきょろきょろしながら、すぐに返事をした。残された春名達はソファで大人しくしている。 「整頓されていますね。うちは結構散らかってて」 「俺の家もだよ」  楓と談笑していると、桜が飲み物を運んできた。それから志藤はパソコンを操作して溜息をついた。 「特に何かしている様子はないな。右手をポケットに入れただけ」 「ポケットに手を入れていない時は能力は発動していないみたいですけど……」 「これも何処まで宛になるか分からないよね」  楓の言葉に志藤は頭を悩ます。 「とりあえずだけど、神城君、そろそろ佐藤君に言わないといけないと思うよ」  志藤は神城の顔を見る。 「俺に言わないといけない?」  春名は何の話かさっぱり分からない。 「正直に言うと、宇田川君の発動条件は分からない。ポケットに手を入れるのかどうかも分からないし、仮にポケットに入れないようにしても発動されるかもしれない。だからもう、どう足掻いても宇田川君に能力を発動されると言う試合の流れになる」 「そこでだ」  志藤の次に神城が口を開く。 「伊織君の弱点は何だと思う?」 「弱点?」  いきなり尋ねられても、春名は全く思い当たらなかった。 「春名先輩ですよね」  春名の代わりに桜が答えた。 「俺?」 「だって、部長会の時も春名先輩のこと名指しだったし」 「そうだ。伊織君は春名君のことを異常に気にかけている。それで実は春名君には黙っていたのだが、明日の戦い、僕の能力で春名君の作品をステージに出そうと思っている」 「え⁉」  突然の提案に春名は驚きの声を上げた。そもそも登録されている作品以外は、ステージに出現出来ない。佐藤春夫がそうだった。 「前に佐藤春夫の作品が登録されていないことがあっただろう。そこで製作元に連絡したら、作品は順次登録するとのことで、そこで例えば文芸部の部員が書いた作品を実現出来ないかと尋ねたんだ」  神城は本当に行動力があるなと、春名は呆れと感心の両方の念を抱いた。 「ヴァーチャル・アクティビティーは元々部活のデジタル化が目標で、部員の書いた作品が実現すればより部活の質の向上すると言ったら、向こうも同意してくれて。そこで僭越ながら春名君の作品を登録させて貰った」 「お前ってやつは……」  春名はもう怒る気にもなかった。 「ちなみに何の作品」 「『言の葉戦争』」 「ああ……」  春名は項垂れた。 「それってどんな作品なんですか」  楓は意気消沈している春名ではなく、神城に尋ねる。 「言葉が目に見える世界の作品だ。自分が口から出した言葉が現実世界に現れるのだ。良い言葉はふわふわと浮くだけだが、悪い言葉は他の誰かを攻撃してしまう。だからみんな口ではなく、手紙やメールで文章を打つのだ。ただわざと悪い言葉を吐き散らかして人を襲う集団が居るから、そいつらを倒す為に主人公が立ち上がる話、で良いのだな、春名先生」  神城は春名の顔を見るが、春名は黙って頷いた。志藤や楓、桜の前だからまだ良いが、自分の作品を他人の口から説明されるのは妙に気恥ずかしい。 「……でも、何でその作品なんだ」 「僕自身、好きなこともあるが、伊織君を誘導しやすいと思った」 「誘導?」  神城は頷き、今度は志藤が口を開く。 「正直な話、宇田川君の組み換えの能力は有利すぎる。おまけに平部員の能力で僕らの戦闘スタイルも把握されている。だから彼が好きに能力を使わせるのではなく、こちらでどう使わせるのか誘導したいと思ったんだ」  志藤は更に続ける。 「誘導すれば、相手がどう出て来るのか予測出来る。それを神城君に相談したら、佐藤君の『言の葉の戦争』が良いんじゃないかって」 「伊織君が好きだと言った太宰の『魚服記』とも迷ったが、おそらく春名君の作品の方が動揺するだろう」 「まあ、動揺はすると思うけど……」  でも、と春名は続ける。 「でもさ、『言の葉戦争』はネットでしか公開してないし、あいつが読んだことのある作品の方が良いんじゃないか」 「いや、伊織君は絶対に読んでいると思う」 「え」  春名は驚きで思わず声が出てしまった。中学のことがあって以来、当然宇田川には作品を見せていない。ネットの投稿サイトでもペンネームで公開しているし、絶対に分からないはずである。 「本当に好きな作家は、名前が伏せられていても文章や雰囲気で分かるものだ。僕はそう思うね」 「マジか……」  本当かどうかは分からないが、本当に読んでいたらあいつ……。 「それで何をどうやって誘導するんですか」  桜の問いに神城と志藤は作戦を告げた。正直春名はあいつが簡単に春名達の誘導に乗るのか分からなかった。それでも、色々と情報を集め、作戦を立ててくれた神城と志藤のことを信じようと思った。  それからコンビニで買って来た菓子を食べながら雑談していると、いつの間にか夕方になっていた。夕刻になっているとも気が付かず、話に夢中になっていると、志藤の携帯電話が鳴った。 「ごめん。ちょっと出るね」  志藤はそう言って携帯電話に出る。 「四宇くん」 「(ひろ)さん、どうしたの」 電話の相手は若い男の声だった。 「今日、香織さんが夕飯作るって言ってたけど残業みたいで。僕もこれから帰るから七時くらいに家に着くと思うけど、なんか買って帰る? それか先に作って食べてても良いよ」 「あ、今家に友達が来てて」 「友達⁉」  男の声色が明るくなる。 「何人来てるの」 「四人」 「もしかして例の下剋上のメンバー?」 「そう」 「じゃあみんなの分の夕飯も買うから、みんなで食べて行ってって伝えてよ」 「分かった」 「何が良いかな? みんなで食べれるものだとピザとか」 「何でも良いよ」 「分かった」  そう言って電話を切った。 「と言うことで、良かったらみんな夕飯食べてって」 「良いのか」 「うん」  志藤は何も気にしていない様子である。 「あの、電話されていた方って一体……」  桜は聞きにくそうに尋ねる。電話の相手は志藤のことを君付けで呼んでいた。「ああ、僕のお父さん。義理のだけどね」  志藤は顔色一つ変えずに答える。 「僕、親が離婚してて。高校に入る前に再婚したんだ」  さすがのお喋りな神城も黙っている。 「なんか、変なこと聞いてすみません……」  桜はきまずそうに謝る。 「いや別に。僕は裕さんのこと、まだ恥ずかしくてお父さんって呼べないし、向こうも四宇くんって呼ぶけど。僕は裕さんのこと、血は繋がってないけど、本当の父親だと思ってる」  そう言った志藤の顔はとても柔らかない表情であった。言葉が本心なことが伝わって来る。 「それに裕さんはパソコン関連の仕事をしてて、解析とかも手伝ってくれるんだ。Vウォーズのこともみんなのことも全部話してる」 「裕さんのこと、好きなのだな」 「うん」  神城の言葉に志藤は笑みを浮かべる。そう言えば、春名はVウォーズのことは一言も親には言っていない。自分の部活が最下位だったなんて言えない。それを話せるのだから、余程仲が良いのだろう。 「あの、この際だから言うけど、この前神城君が竜に襲われた時」   志藤は唐突に話し始める。先程の穏やかな表情は消えている。 「……何も出来なくて、ごめん」  あの時、志藤は異様に怯えていた。 「そう言えば、そう言うこともあったな。僕は襲われていたからよく分からないが、先生を呼びに行ってくれてありがとう」  神城の言葉に志藤は安堵した様子だった。 「僕は争いが嫌いなんだ」 「それは知っている。初めて会った時も戦わないと言っていたな」 「うん。自分が傷つくのは良いんだ。ただ誰かが傷つくのを見ているのが嫌なんだ。いや、もっと言うと、一方的に暴力を振るわれるのが……」  志藤の顔が暗くなる。春名は何となく勘付いた。志藤は暴力を見るのが嫌なのだ。確かにあの竜は一方的に神城を攻撃していた。それはもしかして……。 「……志藤、無理して言うことはないぞ」 「うん。ありがとう。でも、みんなには話しておきたいと思って」  志藤は深呼吸をする。 「僕とお母さんは前の、本当の父親に暴力を振るわれてたんだ」  春名の察した通りだった。場の空気が一気に重苦しくなる。 「僕自身は別に良かったけど、僕はお母さんが暴力を受けているのを見るのが辛かった。そして何も出来ない自分がもっと嫌だった。中学の時にようやく離婚出来て解放されたけど、自分でも気が付かない内にトラウマになってた。何気なく見ていたテレビドラマに暴力のシーンが映った瞬間、僕は呼吸が出来なくなって、と言うか呼吸の方法を忘れて、目の前が暗くなって何も出来なくなった。だからあの時も……」  志藤の告白はこの場の空気をより一層沈黙させる。神城の父親が自殺したと聞いた時も驚いたが、皆、何もないように平然を装っているが、その裏に何か傷を隠している。 「四宇先輩が悪く思うことは何もないですよ」  桜は志藤の手を両手で握った。 「だって、しょうがないじゃないですか。むしろ、一緒に戦ってくれて助かってますよ。そうですよね」  桜は神城と春名を見た。 「そうだぞ、四宇君。こうして色々と情報を集め、分析してくれることがどれだけありがたいか。僕には出来ない」 「俺もそう思う。なんだかんだ、一番冷静なのは志藤だし。茶道部との試合で由希也が退場して焦った時、志藤が声を掛けてくれたから冷静になれた」  俺もですよと楓も口を開く。 「スーパーマルチクリエイター部と初戦で当たると分かって落ち込んでいましたけど、四宇先輩が突破口を見付ける為の意味のある敗北にしようと言ってくれて、本当に嬉しかったです」  志藤は驚いたように四人の顔を見たが、恥ずかしそうに下を向いた。 「みんな、ありがとう」  すると、玄関の扉が開いた。 「四宇くん、帰ったよ~」  志藤が電話をしていた声の主である。 「裕さん、おかえりって。ちょっとピザの量多くない?」 「いや、高校生って育ち盛りでしょ。いっぱい食べるかなって思って……」  裕は苦笑しながらリビングに入って来た。手にはピザのボックスが六個も抱えられて顔が見えなくなっている。 「初めまして、四宇くんの父親の裕です」  ピザをテーブルの上に置いて、裕が挨拶をしてきた。声色の通り、まだ若い。お父さんと言うよりは少し歳の離れたお兄さんと言う風に見える。  春名達は挨拶をすると、テーブルでピザを頂いた。すると、更に玄関から声がする。 「ただいまあ。疲れたあ」  憔悴している声だったがリビングに入るなり、声が高くなる。 「ちょっと、お友達が来てるなら言ってよ」  どうやら志藤の母親である。 「四宇の母です。いつもお世話になっています」  志藤の母親はメイクはどちらかと言うか濃く、髪の色も赤みがかった茶髪のようで相貌は目立つが美人である。母親は桜を見るなり、あっと声を上げた。 「もしかして桜ちゃん? 四宇が髪の毛が星みたいに綺麗な子が居るって言ってたけど」 「お母さん、そう言うことみんなの前で言わないで!」  志藤は聞いたこともないくらい大声を上げる。いつもは冷静沈着な志藤だが、家族の前では素に戻るのだ。 「そう言えば、明日なんでしょ。決戦って」  裕は皆に尋ねる。 「今日、何か収穫あった?」 「それがなくてさ」  志藤は落胆したように裕に返すが、学校とは違う穏やかな表情で話していた。 「そうだ。せっかくだから、星でも見て帰れば。雲がなくて、丁度綺麗に見られるよ」  夕食後、裕は春名達に提案する。 「本当ですか⁉」  神城は子供のようにはしゃぐ。 「僕、望遠鏡のセッティング手伝うよ」  志藤が言うと神城も、 「僕も手伝わせてくれ」  と、裕と二人は屋上へと消える。 「……みんな、ありがとうね」  香織は残った春名、桜、楓に穏やかな表情で言う。 「Vウォーズが始まった当初、四宇は誰かが傷ついているところは見たくないって、学校に行きたがらなくてさ」  それは初耳であった。 「学校に電話してやろうと思ったけど、自分と同じ最下位で一人でも活動している部活があるから僕も頑張るって言って」  それは。おそらく、春名のことである。 「ずっと暗い顔してたけど、最近はなんか楽しそうで。聞いたら下剋上をするって言って。自分は戦わないと言っても、仲間にしてくれて嬉しかった、何か役に立ちたいって言ってさ。それで裕が情報収集と分析を勧めたの。四宇は昔から天体観測が好きで、事前に何処の方角に何時に星が出るとか予測したりするのが好きだから、性に合ってたみたい」 「こっちも凄く助かっています」 「あの子、前の父親と色々あってね。争いたくないの。戦いたくないって言った時も深追いしないで、それからも戦いを強要しないでくれてありがとう」  それから志藤達に呼ばれ、春名は屋上へと上がり、星を見た。夜空を見上げて、星を探すなんて、いつ以来だろう。小学生の時に授業でオリオン座の観測をした時以来だ。ぼんやりと空を見ていると、横に神城がやって来た。 「僕らの下克上も、遂に明日で終わるな」 「何だかあっという間だったな」  神城と下克上を計画して、まだ一か月である。もっと言うと、神城と出会ってから、まだ一ヵ月しか経っていない。 「なんか、まだ由希也と一ヵ月しか居ないのが変な感じ。もっと前から仲が良かったって感じがする」 「嬉しいことを言うな」  神城は珍しく、照れたように笑う。 「春名君、ここまで来たら絶対に勝つぞ」  そう言って神城は春名に拳を向ける。 「ああ」  春名も拳を作って、神城の拳に合わせた。
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