ⅩⅩⅩⅤ章

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ⅩⅩⅩⅤ章

 遂に決戦当日。春名は朝から気が気ではなかった。放課後の戦いで、明日からの全てが決まる。今まで戦いが無に帰すか、報われるか……。そんな今後の運命がかかった日にも関わらず、神城は平常通り、春名に文学の話をする。ろくに授業の内容が頭に入ってこない中、いよいよ放課後になる。体育館の観客席には、ほぼ全部の部活と言ってもいいほどの人が来ていた。 「泣いても笑ってもこれで最後だ」  神城は笑顔で声を掛ける。 「ここで負けても死にはしない。ただもう一度頂点を目指すのみ」 「その頂点を目指すのが大変なんだよな」 「そう思うなら勝たないとですね」  桜は悪戯っぽく笑う。 「とにかく、やるだけやろう」  志藤は幾らか緊張した様子である。対して宇田川は遠くで不敵に笑う。今日こそ、あいつと決着をつける。 “文芸部・天文部・剣道部対スーパーマルチクリエイター部、バトルを開始します” 最終試合が始まった。 「今日はとっておきの世界を舞台にするぞ」 「へえ。楽しみだね」  神城の言葉に、宇田川は余裕そうに呟く。神城がスマートフォンを操作し、ステージが変わるが、特に見た目は何も変わらない。 「神城由希也!」  神城が高々と自分の名を叫ぶと、“神城由希也”と言う立体的な文字が宙に現れる。 「ここは口に出した言葉が現実に現れる世界なのだ」  今の神城の言葉も宙に顕現する。 「それって……」  宇田川は意味ありげに春名を一瞥した。 「この世界、作者は誰なの」 「こちらの佐藤春名先生の作品、『言の葉戦争』でございます」 「やっぱりね」  宇田川は納得したように頷く。 「自分の放った言葉が物理的に現れる世界。やっぱり春名の作品は面白いと思う」  宇田川の放った言葉も風船のように、ふわふわと浮かぶ。 「あれ? おかしくないですか?」  今まで黙っていた桜が口を開く。 「この春名先輩の作品、ネットでしか公開していないし、ペンネームで発表しているみたいですけど」 「……」  宇田川は黙り込む。 「これは僕の勝手な推測だが、春名君の作品に必ずコメントをする、スペースリバーさんは伊織君ではないのか?」 「え⁉」  宇田川よりも春名の方が変な声を上げる。 「いや、宇田川の訳ないだろ。毎回丁寧なコメントくれるし、俺がまだ閲覧数一桁の時から見てくれる、超良い人なんだぞ。俺は、あの人が居たから挫けずにやってこれたようなもんだ」 「神城君の言う通り、僕だけど」  宇田川は堂々と宣言する。うわ、マジかと桜は引き気味に言う。春名は信じられず、愕然としていた。俺は宇田川を嫌っていたが、気付かない間にあいつに励まされていたと言うのか? 「春名先輩の作品は好きでストーカーしているのに、春名先輩のことは嫌いって矛盾していますよね」  桜は嘲笑を浮かべる。 「作品が好きだから、作家も好きとは限らないし、逆もそうだよ。僕は太宰の作品が好きだけど、人間としては嫌いだ。死にたい死にたいと喚いて、女性と一緒に心中して自分だけ助かる男なんて最低じゃないか」  宇田川の言うことは一理ある。作品が好きだから、作家も好きと言うのは短絡的だ。今はSNSなどで作家本人が自由に発言することも増えたが、炎上するようなコメントをした作家が居ても、作品に罪はない。 「でも僕は春名君も作品も両方好きだぞ」  神城は堂々と宣言するので、恥ずかしくなる。 「春名君は繊細な表現をして、」  宇田川の顔が歪む。神城がわざと春名の作品の批評をして煽るのが今回の作戦である。 「僕の方が春名の作品を分かっているね」 「では春名君の舞台で勝負だ!」  神城が意気揚々と宣言する。 「どちらが春名君の作品を読み込んでいるか勝負だ。勝負方法は二章の通り。覚えているか?」 「三十六ページでしょ」 「いやマジで怖いんですけど」  桜が怯える。 「宇田川伊織」  宇田川が言うと、文字が現われる。それから桜、志藤、春名も自分の名を言うと、体育館に立体的な文字が現われる。春名の頭上には“佐藤春名”と明朝体で浮遊している。春名の書いた『言の葉戦争』の二章で、名前を使って戦う話があり、漢字で強さが決まるのである。 「伊織君、僕の名前には神が入っているぞ! これでも食らえ」  神城は自分の名字の「神」の字を取って、宇田川に向けて放り投げる。 「神に勝てる者はなし!」  しかし。 「僕の名字には“宇”が入っている。宇には宇宙と言う意味がある。神よりも宇宙が先だよね。春名はどう思う?」 「え? 俺⁉」  春名は突然話を振られ、困惑する。 「そんな卵が先か、鶏が先かと言われても分かんねえよ」 「作者なんだから決めてよ」 「え……」  春名は戸惑うも作戦を思い出す。宇田川に組み換えの力を使わせる。この言葉のバトルは漢字の強さで決まる。神城が“神”と言えば、宇田川は“宇”で対抗すると予想をした。今はまさにその通りに進んでいる。このまま、能力を使わせる。昨日の志藤の言葉を思い出す。 “組み換えの能力が封じられなければ、僕等の思う通りに使わせるんだ” 志藤の言葉を信じよう。 「……“神”の方が、優勢だと思う。神が宇宙を創り出したんだ」 「いや、宇宙が最初だよ」  そう言うと、春名は何が起こったのか分からなかった。いつの間にか地に倒れている。立っているのは宇田川のみ。 「悪いけど、僕には勝てないよ」  宇田川の言葉が春名の目の前に流れていく。 負けた、敗北。 頭が真っ白になる。 これだけ頑張って来たのに。結局、こいつに負けた。 “文芸部、剣道部のライフがゼロになりました” アナウンスが無情に流れる。 せっかく、ここまで来れたのに。 春名が唇を噛んでいると。 「……君は、何でまだ立っているのかな」  宇田川の声。誰か立っている人が居るのか。そう言えば、天文部の敗北のアナウンスが流れない。 「そうか。誤算だ」  宇田川の悔しそうな声色。 「君の名前の中にも“宇”があったんだね」 宇。 志藤四“宇”のことだ。宇田川の口ぶりから、きっと“宇”がある人が立っていられる、勝利するように組み替えたのか。 昨日の志藤の作戦では、“神”と“宇”のバトルに持ち込むことしか聞かされていなかった。それはおそらく、俺達が“宇”だけが立っているように組み替えの能力を使わせるように仕向けると知ると、何かしらミスをしたり、顔に出てしまい、宇田川に怪しまれるかもしれないからだ。しかし、戦わない志藤が宇田川に勝てるのか? 「君、一度も力を使ったことがないんでしょ。僕に勝てる訳がないよ。降参した方が良い」  志藤は何も答えない。何処からか神城の声がする。 「四宇君、無理しなくて良い。降参するんだ」 「……」  しかし、志藤の返事はない。 「それとも、力を使えないのかな。それなら僕の方から製作者にバグがあると報告するけど」 「みんな、僕のことを勘違いしている」  志藤は小さな声だが、しっかりとした強さを持った声音で言う。 「僕は力を使えないんじゃない。使わないんだ」  宇田川が沈黙する。 「悪いけど、この勝負、僕達の勝ちだから」  志藤は宣言する。 「何を言っているんだ。仲間はもう倒れている」 「でも僕はまだ立っている」  志藤の声が強くなっていく。 「僕はまだ、みんなのおかげで立っていられる」
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