Ⅴ章

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Ⅴ章

 神城が転校して来てから、一週間が経った。サッカー部、野球部と対戦した後は、特に何事もなく部活が出来ている。最初こそ春名と神城は文学の話をしていたがそれが落ち着くと、意外にも神城は自分が持って来た本を大人しく読んだり、一人でVAの機能を使い色々な物を書いては召喚したりと、春名の執筆活動を妨害することはなかった。しかし今日は珍しく、沈黙を破った。 「春名君はこのVウォーズについて、どのように考えているのかい」  春名が執筆をしていると、神城は読んでいる本を閉じて尋ねた。 「俺は……」  春名はキーボードを打っていた、両手を止める。 「一時的と聞いていたVウォーズは今も続いているし、そもそも部活同士で戦ったり、順位を付けるのは間違っていると思う。VAのデータを取りたいなら、争わないで良い方法もあると思う」 「どうしてそう思うのだ」  神城はいつになく、真剣な面持ちであった。 「神城も言ってただろ。本来、自分がやりたいことを突き詰めるのが部活だ。文芸部だって、俺の他に四人も部員が居た。皆本を読んだり批評をしたり、好きな事をして楽しんでいた。でも、ある日他の部活が襲撃してきて、俺達の力は使えれば強いけど、発動出来なくて負けた。そうしたら順位が下がって、見下されて。耐えられなくなって、俺以外みんなやめて行った……」  辞めて行った部員に対してはしょうがないと思っている。 「辞めて行った部員の奴らは“悔しい”って言ってた。本当は文芸部に居たい。小説を読みたい、書きたい。でも、蔑まれる方がもっと嫌だって。特に女子は昨日の女子生徒みたいに無理やり誘われることもあるみたいだし、自分の身を守る為にも強い部活に入り直した。俺はそれを悪いことだとは思わない。ただ……」 「ただ?」 「一番悔しいのは、」  ああ、そうだ。忘れていた何か。春名の中である感情が目覚めた。 「……一番悔しいのは、しょうがないと諦めてしまった自分だ」  敗北。それは突然やって来た。  唐突にVウォーズが始まり、何が何だか分からなかった。戦ってポイントを取れと言われても、どう戦えば良いのか分からない。平部員だった春名の能力は今の神城と同じ、周囲を文学作品の世界に変える力。どう扱えば良いのか分からなかった。それにVウォーズを“ただのゲーム”だと勘違いしていた。負けても別に問題ない。これはゲーム、“仮想現実”なのだ。  そうこうしている内に、襲撃に遭って文芸部はポイントを全て失った。敗北しても、当時の文芸部員は掃除当番になってしまったくらいにしか思っていなかった。  いつしか、昇降口の電子掲示板に順位が表示されるようになった。ヒエラルキーの象徴である。全校生徒に部活の順位が知らされる。そうして、学校内の空気が変わって行った。ランキングで上位の部活は、自分達は強い、特別だと思う。逆に下位の部活が自分達は弱いと羞恥の念に襲われた。誰が口に出したわけではない。上位の部活が廊下の真ん中を歩くようになり、下位の部活は端に寄るようになった。あの電子掲示板の順位が、自分達の身の丈を表しているようだった。いつからこんなに、息苦しくなったのだろう。上位の奴らが掃除当番の部活をせせら笑いながら見て来た。確かに負けた方が悪いのかもしれない。それでも敗北しただけで、その後の学校生活の在り方まで尾を引くのはおかしくないか? “もう耐えられない” 文芸部の五人の内、二人は女子生徒だった。二人は退部して、茶道部に入った。 残りの男子生徒二人も、辞めて行った。 残ったのは俺一人。 俺はどうする? ここで辞めたら、あいつの思うつぼだ。俺は絶対に辞めない。 そうは思っても、何も出来なかった。  勿論、この制度に反旗を翻した者も居た。団結して上位の部活に立ち向かった。しかし、敗北した。反乱を起こした者は、何と名前を電子掲示板に出され、曝し者にされ、大きな部活へと吸収された。見せしめである。  いつしか誰も、反抗を企むことすらしなくなった。全校生徒の前で見せしめにされてプライドをへし折られるよりは、掃除当番をしてプライドを傷つけられる方がまだ良い。  春名は思った。みんな、きっと何が正しいか分かっているはずだ。それでもその正しさを貫けないのは、自分が痛めつけられない為だ。俺は別に何とも思わない。しょうがないと思っている。しょうがないんだ。どうせ抗ったって負ける。敵う訳がない。しょうがない。しょうがない、しょうがない……。 いや、しょうがなくない。 神城と出会って春名は忘却した、いや慣れなければいけないと抑圧していた感情を思い出した。 「俺は、この状況がおかしい、間違っていると思っても、しょうがないと言って諦めていた。どうせ勝てる訳がないって。でも、おかしいだろ。何で部活に順位を付けるんだ? 何でこんなおかしなことになっているんだ? 何で普通に活動が出来ないんだよ。Vウォーズなんてなければ、俺と神城の他にも部員が居たんだ……」  辞めて行った先輩や同学年の奴らを思うと苦しくなる。 「僕がこの学校に来て、前の学校と大きく違うと思ったことは何だと思う?」 「え……」  唐突に神城が問いかけてくる。 「……」  すぐには答えられなかった。 「生徒の顔が暗いこと」  神城は大きな瞳を春名に向けた。 「何かを怖がっているような、怯えているような雰囲気。春名君は慣れてしまったかもしれないが、外部から来た僕は分かる。異様な学校だと思った」  確かに皆、怯えて生活している。Vウォーズに負けて下位になれば、相手を見下していた自分が今度は見下される側になるかもしれない。 「今はまだ我慢が出来ても、このままでは耐えられなくなって悲劇が起こる可能性もある。この雰囲気は、危険だと思うのだ……」  神城は何故だか声を落としたが、すぐにまたいつもの声色に戻る。 「とりあえず春名君の意思確認も出来たところで、話を進めよう」 「話?」  神城は椅子から立ち上がった。 「下剋上だ!」 「下剋上⁉」  驚きのあまり大声を出すと、神城は口に人差し指を当てる。 「春名君、これは機密事項だ」 「機密事項って正気か? 俺達は最下位の文芸部だぞ」 「いや、正確には最下位より一つ上の十九位だ」 「変わらねえから!」  こいつ、破天荒な奴だと思っていたがここまでとは思わなかった。 「いいか。二連勝して得意になっているかもしれないが、俺達はたった二人、相手は俺達二人以外の全校生徒なんだぞ。多勢に無勢だ」  春名もこの状況を何とかしたいと痛切に感じているが、二人では絶対に勝てる訳がない。荒唐無稽にも程がある。 「しかし、僕達の力は強いと思うぞ」  神城は春名の言葉に屈しない。 「発動出来れば強いよ。でも俺が出したいものを文字で書くことが召喚の条件だし、書いている最中に攻撃されたらおしまいだ。お前だって一回しかステージを文学作品に変えられない。今までは相手が油断していたおかげで何とか勝てたが、そもそもお前の力は攻撃も防御も出来ないんだぞ」 「それは春名君の力に頼らせてもらうぞ」 「……」  神城は子供のように純粋無垢な笑みを浮かべたので、春名も受け入れるしかなかった。 「……春名君は、本当にこのままで良いと思っているのか」  急に神城の声色が変わった。その声は遊びでも、中途半端な覚悟の声音でもなかった。本気だ。 「僕はおかしいと思うぞ。部内同士でレギュラーを争うなら結構。しかし、何故他の部活の者同士で争う必要があるのだ。学校の教育の一環ならまだ許せるが、このくだらないVウォーズは一生徒が始めたことだろう。その生徒が学校に多額の寄付をしているからって、そう言う問題ではない」  神城の語気から怒りが感じ取れた。神城も、俺と同じ気持ちなんだ。 「それに、この謎の階級制度。僕には権力がある者が弱者を弄ぶための制度にしか思えない。この学校で笑っているのは権力者だけで、後は皆絶望の表情をしている。今は令和だぞ。中世ヨーロッパではないのだ」 「それはそうだけど……」  神城の言っていることは正しい。この学校はおかしい。しかし、立ち向かう相手が強大すぎる。 「誰かが立ち上がらなければいけない。僕らが反旗を翻せば、他の皆も同調すると僕は信じている」  神城は真っすぐな、希望の眼差しを向けていた。春名ははおかしいと思っていても、何処か諦めていた。どうせ勝てるはずがない、しょうがないと。でも、誰かが行動を起こさないと何も変えられない。それは事実だ。 「……分かった」  春名も椅子から立ち上がった。 もしかしたら。神城と一緒なら、変えられるかもしれない。 しょうがないと諦めていた感情は消え去り、今は熱い感情が胸の中で渦巻いている。 「やってやろうぜ、下剋上」 「そうこなくてはな」  春名と神城は互いの拳を合わせた。 「それで作戦はあるのか」 「それが全くないのだな」 「ないのかよ!」  春名は肩透かしを食らったが、すぐに笑いが零れた。 「二人で考えよう」 「よろしく頼むぞ」  神城も春名につられて微笑んで、質問をする。 「それで、この学校は何の部活があるのだ?」  春名は呆れて苦笑するしかなかった。
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