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イリアス暦三一二年春華の節――ケルド王国領ヤノス
柔らかく暖かい麗らかな日差しが降り注ぐこの季節は、長い冬冷の節を耐え切った花々がその大輪を咲かし始める。山からは冬眠から目覚め動物達が餌を求め、人里に降りてくる。また、街は穏やかな気候に賑わいを見せ、来る春華にお祭りの支度を始めていた。
明日行われる春華を祝うフレヤの豊穣祭の準備が着々と進められていた。大通りでは建物と建物の間に花の天幕を垂らし、通り沿いの店先には花々を絡み合わせたリースが掛けられている。この日のためにやって来る行商人が露店を開き、ヤノスでは見かけない珍しい品物が並んでいた。
ヤノスのシンボルである時計塔も花に包まれ、時計の針が動く度に針に装飾された花の花弁が空へと舞い散る。
その時計塔の展望デッキから退屈そうな表情を浮かべる少年が、白い雲が浮かぶ空を眺めていた。彼の手には、花が一杯入ったバスケットが握られ、風が吹く度に花が落ちていく。
「はぁ……空でも飛んでみたいなぁ。そうすれば、世界の壁も超えられるかなぁ」
自分にも鳥のような翼が生え、蒼穹を自由に飛べる。そんな想像をしていた。しかし、現実はただの人間族であり、鳥霊族やドラゴン族のような翼は持っていない。
深い溜め息を吐く。
彼の目には、遠き地にあるとされる壁が浮かんでいた。この世界にいつから存在しているのか天高く聳え立つ壁があり、誰一人その壁の向こうへ行ったことは無いと言われている。神が創り上げたと言われている壁に辿り着き、誰も成し得なかった向こう側へ行こうと彼は夢見ていた。
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鳥霊族:鳥の姿をした半人。顔や身体は鳥だが、二足歩行することから人間族に近いとされている。鳥とは異なり、知性が高い。
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