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その後、私はアヤちゃんのうちに呼ばれることがなくなった。新たな不登校児もいないタイミングだった。週末、寝転んで小説を読んでいたお母さんに、「クッキーを作りたい」とねだってみた。
私のお母さんは、ゼリーやプリンならたまに作ってくれるけれど、クッキーを焼くところは見たことがなかった。それでも、あっさり「あっそう」と言って、本を閉じ立ち上がった。
お母さんは、アヤちゃんのお母さんよりもずっと主導的に工程を進めていった。お母さんが生地を混ぜている間、私は邪魔にならない位置で突っ立っているばかりだったけれど、それでもよかった。
最後にあの小さなツイストパンが作れさえすれば。余った生地をくるりとしてみせるのが、お母さんだとしても私だとしても、本当にどちらでも構わないと考えていた。
でも、予想だにしない展開が待っていた。いよいよ生地がまとまってくると、お母さんは麺棒で平らに伸ばすのではなく、なんと生地そのものを棒状にし始めたのだ。それをラップで包み、バタンと冷蔵庫にしまった。
え、なんで? クッキーを作るのではないの? 星やハートの型抜きは? ……目を白黒させる私に、お母さんは淡々と告げた。
「うちにクッキー型なんてねぇよ」
冷やし固めた棒状の生地をまな板に乗せる。まるで晩ご飯を作る時みたいに、包丁でトントンと切り分けていく。
金太郎飴だ。星でもハートでもない、ツイストパンでもない、まん丸なだけの生地が量産され、天板に並べられていった。お母さんは最後までトントンと切ってしまったので、余る生地だって少しもなかった。
私は大きく肩を落とした。お母さんのクッキー作りはすごく変だ。それに、もうアヤちゃんのうちにも呼ばれないのだと思う。あんなにもおいしそうだった小さなツイストパンを、私は永遠に食べられないんだ。
あーあ、それもそうか。そうだよね。いつだっておくすり役の私には、おくすりなんていらないものね。
……けれど。
けれど、救いがあったとすれば。
「焼けたよ、カナ」
無造作で無骨な、その丸いクッキーは。
お母さんがつまみ上げ、私の口に入れてくれたクッキーは。
温かくて、分厚くて、ザクザクと噛みごたえがあって、ものすごくおいしかったのだ。私にとってはきっと、あの小さなツイストパンよりもずっと。
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