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カナちゃんはおくすり
小学生だった六年間、何人かの不登校児がいたけれど、そのほぼ全員のうちへ遊びに行ったことがある。
帰宅すると、本人から、あるいはそのお母さんから電話がかかってくるのだ。今日も遊びに来てほしいと。
三年生になった頃の話だ。アヤちゃんのうちは、ウサギの置き物や花瓶などが飾られていて、細やかで可愛くて好きだった。
その日はアヤちゃんと、アヤちゃんのお母さんと一緒に、クッキーを焼くことになっていた。私は初めてのクッキー作りだった。
使い古しの粘土よりも、ずっと柔らかくてもちもちしたクリーム色の生地。甘い香りを嗅ぎながら、麺棒で板状に伸ばしていく。
アヤちゃんとふたり、星やハートのクッキー型を選び、スタンプを押すみたいにしてくり抜いた。伸びないよう、破れないよう慎重に手のひらに乗せて、クッキングペーパーを敷いた天板に並べていく。
穴だらけになった生地をどうするのかと思ったら、アヤちゃんのお母さんが両手でボールにしてしまった。それをもう一度麺棒で伸ばす。あっ、ひとまわり小さくなったけど、これでまた型抜きができる。私は大いに賢くなったような気がした。
ただ、三回ほど繰り返しているうちに、もう本当にちょっぴりの生地だけが余ってしまった。これでは広げたとしても、型一個分にもならないだろう。
いよいよどうするのかと案じていたら、アヤちゃんのお母さんはそれをつまみ上げ、事もなげにくるっとねじって天板に置いた。
刷毛で卵を塗る間、私とアヤちゃんは星でもハートでもなく、その小さなツイストパンにばかり気を取られていた。
クッキーといえば、薄い一枚のものばかりだと思っていたのに。こんな変な形でもいいのかな。ちゃんと上手に焼けるのかな? ううん、ううん、きっと一番おいしく焼けるに違いない。絶対にそうなのだ。
「……これ、アヤの。ね?」
唐突にアヤちゃんはそう宣言した。小麦粉と卵の混ざって固まったのがこそぎ取れていない、人差し指の爪の先で――あのツイストパンを示している。
私は何秒か石になった後、「うん」と頷いた。
天板がオーブンに入ってしまうと、私もアヤちゃんも、他の遊びに取りかかるべく台所を出た。ほんの少しの間すら、焼けていくクッキー達を、ツイストパンを見守ったりしなかった。私達の間では、もう決着のついたことだったから。
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