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クッキーが焼き上がると、また台所に呼ばれた。たぶんダイニングテーブルに着席し、できたてのクッキーをしっかり頂いたと思うのだが、その記憶は曖昧だ。
アヤちゃんがツイストパンを口に放り込んだシーンだけは覚えている。早くしないと、私に取られるとでも思ったのかもしれない。ろくに噛みもせず、すぐにコップのジュースをごくごくと飲んだ。
ただでさえ全然日焼けしていないアヤちゃんだ。少し離れて見ると、その様子は、まるでおくすりを飲み込んだ人みたいだった。
五時のチャイムが鳴り、私はアヤちゃんのうちを出た。靴を履いて数歩歩いたところで、アヤちゃんのお母さんがひとりで飛び出してきた。眉根を寄せた笑顔で、「カナちゃん、いつもありがとうね」と言う。
「カナちゃんと遊び始めてからね、アヤはどんどん元気になってきたの。もうすぐまた学校に行けるかもしれない。ミユちゃんママやヒカル君ママの言ってた通りだった。カナちゃんって本当に、おくすりみたいないい子。ありがとうね。よかったら、また明日も来てね……」
一年生の時のミユちゃん。二年生の時のヒカル君。そして、三年生になったらアヤちゃん。
私は別に、あの子達が不登校児だから優しくしなければと思っていたわけじゃない。もっと単純な話、お邪魔するのはいつも相手のうちだったし、出されるお菓子やジュースだって、遊び道具だって、相手の親がお金を出して買ったものだったから。
あのツイストパンを生み出したのも、アヤちゃんのお母さんだった。もしもあれがこちらの家で、うちのお母さんによって行われたことだったら、私の出方もまるで違っていたと思う。
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