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大型犬のようにじゃれつく桐をあしらって、皿に熱々のしょうが焼きを盛り付ければ、今日の晩ごはんは完成だ。
ダイニングテーブルをふたりで囲む。
「いただきます」
そういう律儀さも、好きだ。
「いただきます」と「ごちそうさま」をしっかり言うことができる人を大切にしなさい……と、お婆ちゃんが言っていた。
だからそう、これも桐を大切にしなくてはならない理由のひとつだった。
シーリングライトの下で、生活リズムの差はあれど同じ食卓を囲む。
テレビをつけないで黙々と。
たまに顔を上げれば、美味しそうに食事をほおばる桐がいる。それだけで幸福だった。
背筋を伸ばして箸を動かす桐は、俳優さんのように美しい。
何度見ても、見飽きることがない。
わたしの作るごはんが一番好き。って言ってくれる桐が、好きだった。
でも、その好意を真正面に受ける勇気が出ない。毎回、「ありがと」と顔を逸らしてしまう。
照れ隠し、って大学時代の友人は言うけど。それはちょっと違う。
わたしには、彼に言えない秘密がある。
だから、素直になれない。
彼の前で泣くことができない。
友人の前では泣けるのに。
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