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「ヘッドレストが濡れるから、頭つけないでね」
「善処します……。ふー、助かった」
そう言ってすぐに頭をつけた。
なにがふー、だ。
ねえ、人の話聞いてた?
わたしは怒りをアクセルに込め、坂道を加速した。
どんより暗い外。赤信号になって停まった車内は、雨音のバタバタという音がよく聞こえた。
「あのさ」
桐はゴソゴソ動き、すっと紙を差し出した。
「なに?」
「これ。俺、知らなかったんだけど」
ちらっと目線を落とせば、それは見覚えのある紙だった。
『当マンション老朽化による取り壊し、立ち退きのお願い』
入居者の皆様、の「皆」が雨に濡れて滲んでいた。
「ああ、これ。そう、あの、うん」
ドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。
あれ、しまっていたはずなのに。いつ見つけられた?
横を向けば、彼は上目遣いでこちらをうかがっていた。
濡れた髪が、大きな瞳へ束になってかかっている。
「浦は知っていたんだよね」
眉がキッと吊り上がり、わたしを問い詰める。
わたしはただ、苦い顔をするしかなかった。
気まずい沈黙が広がる。
交差点の先頭で。よそ見してしまう。
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