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何食わぬ顔で、桐は足元と膝に抱えていたスーパーの袋を両手に持ち、ドアを器用に開ける。
「先に行って服洗ってるから!」
と、宣言してマンションへ走っていった。
長い手足がぶんぶん振られ、あっという間に姿が見えなくなる。
「意味わかんないんだけど!」
桐の背中に叫んだけれど、わたしの掠れた声は、雨に吸い込まれてしまった。
今、キスされた。
びっくりした。
桐からキスされるのは初めてじゃないけれど、こういう恋愛をむき出しにされると、どう反応していいか分からなくなる。
恋、っていうか。
なんか、わたしと桐はきょうだいのような感じなのかな、って思っていた矢先だったから。
「わー……」
柔らかな桐の唇の感触が、印を押したように、しっかりとわたしの頬に残っていた。
「これ、どうしよう。また隠すわけにはいかんしなあ……」
ダッシュボードに置き忘れられた紙――立ち退きのお知らせ――に気が付いて、低い声で独り言を洩らす。
やまない雨の中、車内でひとり。ぽつりと「困ったなあ」とつぶやいた。
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