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そんなこんなで、聖の店の前にたどり着いてしまった。結局、一馬が言いたいこともよくわからないまま、玲は店の扉を開く。
「やあ」
相も変わらず、店内には客がいなかった。いつもと違ったのは、聖がカウンターの中にはいなかったことだ。カウンターの一席に腰を下ろし、コーヒーを飲んでいた。カウンターに座ったまま聖は玲のほうへと振り返り、手を振って迎え入れた。
「今日はお友だちも一緒?」
と、玲のうしろにいた一馬にも気がついたのだろう、聖は目を細めて微笑む。それからようやく、スツールから立ち上がった。飲んでいたカップを持って、カウンターの中へと入っていく。
「休憩中だった?」
玲がいつもの席について尋ねると、聖は「うん」と頷いた。
「そう、暇だったから」
「そっか」
そんなやりとりをしている間、一馬は無言で玲のあとに続き、隣の席に腰を下ろして、じいっと観察するように聖を見つめていた。そんな一馬に、玲は眉を顰めてしまう。そんなに警戒しなくてもいいのに、と。
「それで? 玲ちゃんはいつもの?」
尋ねられ、玲は頷いていつものブレンドコーヒーを頼んだ。それから聖は一馬を見る。
「お友だちくんは?」
玲は一馬にブレンドがお勧めであることを伝えようと口を開く。
が、一馬が言葉を発するほうが早かった。
「友だちじゃないんで」
ツン、と棘を持った声音で、一馬がそんなことを言った。玲は驚いて固まってしまう。そんな玲を、一馬は一瞬だけ申し訳なさそうに横目で見た。が、すぐにその目を聖へと戻し、やっぱり険を持った目で聖を睨む。
「恋人なんで」
「は、」
玲は言葉を呑む。
「ふうん」
聖は面白そうに目を細めた。それから、その目を玲へと移動させてくる。聖のいつになく悪戯っぽい視線に、玲は思わず唇を一文字に締めた。
と、聖は「はは」と嬉しそうに破顔する。
「え、なに……?」
そんな聖の様子に拍子抜けしたのは玲だけではなかったようだ。隣で聖を威嚇していた一馬も同じようにぽかんとしている。
「なんだ」
そして、聖はそんなことを言う。
「玲ちゃん、頼る人がいないからここに来るのかなあ、なんて勝手に心配してたんだけどさ。いるんじゃん、いい相棒が」
それから、聖はまた一馬を見た。つられるように玲も一馬を見れば、一馬は呆けたように聖を見つめていた。
「こんなに一生懸命に僕に牽制して。青春って羨ましいよねえ」
玲ははっとする。それと同時に、一馬の耳がカッと赤くなったのが見ていてわかった。
――たぶん玲は、俺の気持ちを全然わかってない
店に着くまでの一馬とのやりとりを思い出す。一馬が聖を警戒している理由を、玲はてっきり、玲に学校を辞めさせようとしたりだとか、そういうよくないほうへと玲を唆そうとしたと勘違いしたからだと思っていた。が、聖の言葉と一馬の反応を見るに、それはどうやら違っていたらしい。
「かず、」
一馬に確かめようと口を開き、けれど、その問いを口にすることは許されなかった。一馬が慌てて玲の口を塞いだのだ。
「いい。言わなくていいから」
一馬が首筋まで赤く染まった顔で必死にそう言うから、玲は頷くしかなかった。聖はそんなふたりをにんまりと見守る。それから、おもむろに、襟元からシャツの中へと手を差し込んでなにかを取り出した。
「ほら」
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