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そして、シャツの中に隠していたらしいネックレスと、そこに繋がれた指輪を見せてくる。それは主に、一馬のほうへとだったが。
「安心してよ。僕にも大切な人がいるから、玲ちゃんに手を出すことは絶対にないよ」
「あ……」
呆然と、一馬は聖を見つめる。聖は揶揄うように、「まあ」と言葉を続けてちらりと玲を見た。
「僕が玲ちゃんに手を出すことはないけど、玲ちゃんが僕に惚れちゃう可能性はないとは言えないけどね」
「はあ?」
「ちょ、ちょっと、せーちゃん!」
「ふふ」
玲が堪らず声を上げると、聖は面白そうに笑った。あのグラタンの占いは、やっぱり当たらずとも遠からずだったらしい。ちょっとした嵐は起こったわけである。
結局、一馬も玲と同じブレンドを注文した。一馬はむすりと眉間に皺を刻み続けている。けれど、聖を睨みつけることはもうなかった。
「それで?」
と、聖は尋ねてくる。やっぱり聖は、玲がここに来るときはなにかしら話題を携えてくるとわかっている。
「今日は一馬を紹介したかったのと、あと、報告したくて」
玲が言えば、聖は促すように頷く。
「迷ってるって言ってた進路、決めたよ」
「そっか」
「決めたって言うほどちゃんとじゃないんだけどね。ちゃんと先生とか親とかに、やりたいことをひとつに絞れないって話をしてみた」
聖はカップを磨きながら「へえ」と微笑んだ。玲の隣で、一馬は静かにコーヒーに唇をつけている。
「俺が偏見を持ってるだけだったんだ。ここで将来のことを決めなくちゃいけないって、ひとりで焦ってただけだった。相談してみたら、もっと話は簡単だった」
相談した担任教師は玲の言葉に驚いたように目を見開いたあと、「なるほどな」と言った。それから、こういう考え方もあるのだ、と玲に話をしてくれた。
「確かに就職だとか、専門学校っていう道はある。でもそれこそ、道を一本に決めることになる。自分にはこれしかないって決めてる人ならいいかもしれないけど、俺みたいにそうじゃない人なら、尚のこと大学に進むほうがいいって」
大学は選択肢を広げるための場所だ、と担任の教師は言ったのだ。高校までで学ぶこと以上に、大学ではもっと広く好奇心を広げることができるし、逆にひとつのものが見つかれば、それを掘り下げていくこともできるのだ、と。大学はそういう場所なのだ、と。
「大学とか学部とかはひとつに決めなくちゃいけないのはしょうがないけど、学校によっては、学部を跨いでいろんな授業を受けてもいいよってしてる大学もあるんだって。高校を卒業する時点で就職とか専門学校に行くよりも、そういう間口が広い大学に行って、もっともっといろんなものを知れば、それこそ、今はわからない進みたい道も見つかるかもしれない、って」
「玲ちゃんの『当たり前』を壊した方法は、自分自身の偏見から抜け出すってやり方だったんだね」
「うん」
玲は頷いた。
「俺は臆病者で、夢見がちで、他力本願で、雑で大雑把だ」
一馬がちらりとこちらを見たのがわかった。聖は微笑みながら「うん」と頷いた。
「だから、自分の希望に沿わないような、嫌だなって思うような結果しか返ってこないんだろうなって思ったことは、まとめて全部、とことん敵視して避けてた。だけど結局は他力本願な人間だから、誰かに助けを求めないといけないんだ。敵視してるものからも、教えてもらえることはある。それは思ってもみなかった答えを教えてくれることだってある」
「自分じゃあわからないことは、誰かに教えてもらわないとわからないもんね」
「そう」
玲は笑った。それはすっきりとした笑みだった。それから玲は、隣に座る一馬を見る。一馬もちらりと玲に視線を投げてきた。
「一馬にもいろんなことを教えてもらった」
そして、今度は聖を見る。
「せーちゃんにも」
聖は目を細めた。
「せーちゃんに出会えてよかった」
「そんなふうに言ってもらえて、本当に嬉しいよ」
そんな玲のカウンターに乗せていた手に、一馬の手が重なる。なにかを訴えるように、きゅうっと玲の手を強く握った。一馬の訴えがわかって玲は苦笑してしまう。けれど、今は聖だ。玲は手はそのままに、聖に向かって小さく頭を下げた。
「まだまだ、せーちゃんにはお世話になると思うから。これからも、よろしくお願いします」
「はは。こちらこそ」
聖は嬉しそうに笑った。
「いつでも遊びにおいで」
「うん」
「でも、まずは俺に相談してほしいかも。聖さんよりも先に」
カフェから家へと帰り道、ぽつりと一馬がそんなことを零して玲が苦笑してしまうのは、また別の話である。
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