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01_いつもアイツが目の前にいる
「ま、た、アイツ、かっ」
あたしは拳を机へ叩きつけた。「まあまあ」と芽衣がニヤニヤ笑いであたしをなだめる。
「ほんの数秒差なんだから、たまたまってことで。気を取り直しなよ」
たまたまだぁ~? あたしはくわっと口を開ける。
「購買でラスいちのメロンパンを数秒差でヤツに取られただけじゃない。今朝だって横断歩道の押しボタンを押そうとしたらヤツに先に押されたし、地下鉄の定期券継続チャージをしようとしたらチャージ機の前で立っているし」
図書館で本を借りようとしたら、目当ての本を手に貸し出し受付で立っているし、提出締め切りギリギリに物理のレポートを出しにいけば、まさに目の前で先生にレポートを提出している。
学食の数量限定『うまいっしょ豚丼』もあたしの前で注文しやがって。あたしはあわれ売り切れだ。
今日だけのことじゃない。
毎日毎日これである。そりゃあもう、しつこいくらいに毎回であった。
「それだけ聞くとさ。なんかあんたがストーカーみたいよね」
「冗談じゃない」
「そもそも横断歩道のボタンは先に押してもらえてラッキーだったでしょ。その分早く信号が青になるわよ」
「そうだけど、そういうことじゃなくて」といいかけるあたしに芽衣がかぶせる。
「レポート提出もそれであんたが先生に怒られたわけじゃないでしょ。定期券チャージだって別にいいでしょ。同じ時期に買ったんなら、また同じ時期にチャージが必要になるのも当然なんじゃ?」
そうだけどっ、とあたしは拳を握る。
「あたしの直前っていうのが気に食わないのよっ。こんなに毎回、あたしの直前でやることはないでしょ。そのたびにあたしは肩すかしを食うっていうかなんていうか」
「数人前とか後ろならよろしいと」
そういうことです、とあたしは深々とうなずいた。
前ではなく、あたしのうしろでうろうろしていてくれたなら、「鬱陶しい」とか「ストーカーか」とヤツを罵ることもできる。
これでは面と向かってヤツを非難することができぬではないか。あたしのイライラは募るばかりである。
「ところでさ」と芽衣が興味深々な声を出した。
「その『ヤツ』っていったい誰なのさ」
「いわなかったっけ?」
うなずく芽衣にあたしは前方を顎でしゃくる。黒板前の席で男子数人と馬鹿笑いしている長身男子。同じ中学出身の、その名は沼崎であった。
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