3.暗夜行路

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3.暗夜行路

彼との別居婚が始まって2ヶ月。 私は独身時代とそんなに変わらない日常を過ごしてる。 変わったことは彼とビデオ通話しながら飲む、ぐらい。 役所の手続きもそんなにめんどくさくなかったし。 前回の結婚に比べたら楽すぎる。 と、悠長に思ってたら彼の様子が変だ。 週末、こっちに帰ってきた彼は疲れてるのかあまり元気がなかった。 いや、取り繕ってはいるけどさすがに見抜ける。 「疲れてるなら無理して帰ってこなくていいよ?」 「...それって俺に会えなくても平気ってこと、だよね?」 とメンヘラ彼女みたいなことを言い出した。 なんだ? 「いやそうじゃなくて。」 「真歩、俺のこと好き?」 めんどくさい。 と思ったけどさすがに飲み込んだ。 「好きだよー?じゃなきゃ結婚しないでしょ。」 「それは真歩にとって都合がよかったからじゃない?もし一緒に暮らさなきゃいけないってなってたら?」 ん? 都合がいい? 確かに一緒に住まなくていいのは私にとってとても都合がいい。 前の旦那とは四六時中一緒にいて疲れてた。 一人になりたいって思ってた。 だから彼の言ってることは当たってる。 「そりゃ、今の結婚スタイルは私にとっては理想だよ?一緒に暮らしてたら...ってのは分からないけど。」 「だよね。だったら俺じゃなくてもいいのかもね。」 そう言うと彼はフラ~っと出ていった。 様子が変だ。 何があったんだろう? 彼らしくない。 彼らしいってなんだろう? 私はまだ彼のこと知らなさすぎる。 私の中での彼は高校生の彼だ。 あのキラキラと眩しかったあのときの。 大人になった彼は別人ではないものの、10年の歳月で色々と複雑になったはず。 そう思って追いかけようとドアを開けたらそこにいた。 「ごめん。めんどくさいよね俺。」 「めんどくさいけどいいよ。」 「めんどくさいとは思ってるんだ。」 「多分、尚之じゃなかったら追いかけようとは思わない。私、あなたのこと知らないからちゃんと知りたい。もっと話そうよ。」 「ほんとに?」 「ほら入って。私たちこれからじゃない。」 「...真歩、愛してる。」 彼が見たことない顔でそんなことを言った。 私は自分でもみるみる顔が赤くなっていくのを感じた。 「顔赤いけど熱でもある?」 そして額に額を当てられて恥ずかしすぎて彼にキスをした。 「ん?」 「いや、その、」 「もしかして照れてる?」 「そ、そりゃ照れるでしょ。」 「愛してるよ。」 「わ、分かったから!」 「真歩、俺のこと好き?」 「...そんなの言わなくても分かるでしょ。」 「好き?」 「...好き。これでいい?」 「嬉しい。」 強く抱き締められて分かったことがある。 もしかしたら犯罪になったかもしれないけど、私は17歳の彼にもう恋してたんだと。 あの頃、彼のことを誰より早く見つけられたのも、彼と話してて楽しかったのも、全部。 はぁ~、あの頃に自覚しなくてよかった...。 「じゃあ、またね。」 そう言ってにこやかに家を出ようとする彼に後ろから抱きついた。 「え?どうした?」 「...今すぐじゃなくていいから、いつか一緒に暮らそう。」 「いいの?今の生活が楽なんじゃないの?」 「寂しい、って思った。」 「何て?」 「だから、寂しいって、」 「俺も寂しい。」 彼はそう言って私の手にキスをした。 こいつ、本当にこないだまで童貞だったんかよと思いながらも去っていく彼の背中を見つめていた。 そして10年が過ぎた。 私たちは一緒に住んでいる。 私は50になって彼は37になった。 彼と結婚してよかったと思う。 一つ、若くいようと頑張れる。 二つ、老後の心配がない。 三つ、若い旦那は自慢できる。 でも何より、彼は真っ暗闇の中でも一番星のように輝いている。 あの頃と同じように。 そして相変わらず目眩がするほどいい男。 でも本人には言わない。 「用意できた?」 「待って、鏡チェック!」 「大丈夫だよ、今日も綺麗だよ。」 彼のそんなナチュラル臭いセリフにも慣れてきた。 「恥ずかしがってくれなくなったなぁ。つまんない。」 「そりゃ毎日のように言われたら慣れるわよ。」 「だって毎日思うから。」 「はいはい。」 「さぁ行こう。」 この力強い手を離さないでいれば私はいつまでも前に進んでいける気がする。 そんな気がするのだ。
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