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1.
その日も、谷口は何時ものように昼休みのチャイムと同時にオフィスを抜け出し、公園に向かった。
今日も晴天。
相変わらず汗ばむような暑さに、今日はベンチではなく公園内にある休憩所で弁当を食べようと、谷口はいつも座るベンチから目と鼻の先にある小さな平屋建ての建物に向かった。
休憩所のドアを開けると、冷房のひんやりした風が火照った身体を包み込み思わず「ふぅ」と息をつく。長方形をしているこの建物には大きな窓が付いており、公園の様子がよく見える。谷口は窓に一番近いテーブルに弁当箱の入ったトートバッグを置き、窓の外を見た。
(……ん?)
花壇の前で、蹲ってる人がいる―…
暫く様子を見ていたが、動く気配がない。
谷口は心配になり、トートバッグを手に外に飛び出した。蹲ってる人の近くまで来ると、片膝をついて声をかける。
「大丈夫ですか…?」
「……気持ち悪い」
俯いていた顔がゆっくり上がり、谷口を見る。
まだ若い男だった。顔は赤く息がくるしそうだ。谷口は楽になるように背中を擦ろうとして、その背中の熱さに驚く。
「熱中症だ…」
(水分と、塩分を)
しかし今手元にあるのは、お茶と弁当のみ。
とりあえず、男を膝を伸ばした状態で座らせると、お弁当のトートバックから水筒を取り出し水分を摂らせる。更に保冷剤が入っていた事に気付き、保冷剤を男の首元に当てた。幾分か柔らかくなっていたが、それでも十分な冷たさがある。
「気持ちい…」
次第に男の呼吸が落ち着く様子に、谷口はホッとした。
(あとは塩分か…)
ゴソゴソとお弁当箱を取り出し蓋を開けると、ご飯の上に乗せていた梅干しを取り出す。
「はい」
「え」
男は視線の先に梅干しを捉え、目を見張った。
「熱中症だから、塩分摂らないと」
そう言って谷口が梅干しを差し出すと、男は渋々それを口にする。
「酸っぱ!」
半ば涙目になる男の顔色は、だんだんと火照りが無くなり、赤っぽい色から健常な肌色に戻りつつあった。
「少しマシになってきたみたいだね。歩けるなら、
そこの建物まで歩いて少し休むといいよ。涼しいから」
「…ありがとうございます」
男は申し訳なさそうに頭を下げ「よっこいしょ」と身体をゆっくり持ち上げると、身体を引きずるように休憩所に向かって歩き始める。数歩歩いた所でふと思い付いたように振り返った。
「……お兄さん、弁当はいいの?」
「あ」
男に言われて、谷口はまだ昼食前だった事を思い出し慌てて弁当をトートバッグに突っ込む。
「僕も、休憩所で弁当を食べようと思ってたんだ」
言いながら男に追い付く。
そんな谷口を見て男は可笑しそうに笑った。
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