11 エルの正体は

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11 エルの正体は

 診察を受けた次の日、結果を聞くために神谷とまた病院に行った。エルの体は何も異常はないとのことと、オメガの診察履歴などを同じような年頃で当たったが、すぐにエルの身元がわかることもなく、誰なのかは判明することはなかった。  犯罪歴や指紋など、色々調べてもそれにも引っかかることもなかった。とりあえず身元がわからなかったことよりも、凶悪犯にも当たらなくてホッとしたエルだった。  お会計も終えて、病院の駐車場にいた二人。車に乗り込むと、エルはぼそっと呟いた。 「結局、俺はどこの誰だろうね?」 「そうだね、でも一つだけわかっていることがあるよ」  エルはその言葉に、運転席に座る神谷に乗り出して顔を近づけた。 「えっ、何? 何がわかったの!」 「僕の大切な(つがい)ってことだよ」 「……」  神谷はにっこりと笑ってエルにキスをするが、エルもキスは嫌じゃないと思い、呆れながらもそれを拒絶することなく、唇を開いた。  神谷は驚いた顔をしながらも、エルの頬を両手で挟み込み、口づけはもっと濃厚なものとなった。そしてエルの息が上がるのを見た神谷は、エルのその反応に以前からも色ごとに免疫がないのだろうと思った。  処女なのは確かだった。キスがあまりに下手で、きっとそれすらも経験が無いのだろうと喜びに浸っていた。経験が無いからこそ、覚えたてのキスですら感じ、エルの股間が少し主張をしてきているのを神谷は見逃さない。  神谷が無遠慮にエルの口内を楽しんでいる行為に、エルはされるがまま。エルから(かも)し出すフェロモンの香り、うっとりするエルの目線に、(つがい)の神谷にはエルが気持ち良さに浸っているのは、まるわかりだった。 「大好きだよ、エル。君がどこの誰だろうと関係ない、一生離さない」 「そうかよ! とりあえずお前、そのいやらしいキスはやめろ」  ――なんでキスの後にそんな歯の浮くようなセリフを吐けるかね? それにしてもこんなの、ベッド以外でするキスじゃない! 絶対いやらしいことする時のキス。 「()ったね、じゃあ続きすればいい?」 「こら、やめなさい。まだ昼間だぞ、この野郎」  エルはより密着してくる神谷を、手で押し返したが、逆に両手を掴まれてしまった。 「記憶ない割には、昼間にはエッチをしてはいけないなんていう変な常識はあるんだよね?」 「変じゃねぇだろ、むしろ一般常識? 恭一の常識よりは俺のほうが節操あると思うけど?」  笑いながらも、神谷は服の上から、数日で神谷に開発された胸を撫でまわしてきた。  車に乗って少し話していた二人だったが、いつの間にかそういう雰囲気になってしまっていた。というよりも神谷がそういう流れに導いただけとも言える。ただの会話からキスが始まり、しまいには服の上からエルの体をまさぐっていたのだった。あまりの早業にどうしてこうなったと、悩む時間もエルにはなかった。 「んん、やめろ。ここ外だ!」 「車の中だよ。すぐ済ますから、一回だけね」 「なんだ、そのヤリチンなセリフは!」 「だって、エルが可愛過ぎるのがいけない」 「ちょっと待て。俺たちの今の会話のどこに、可愛い要素があったんだよ!?」  狭い車の中の運転席と助手席、二人を隔てるのはシフトレバーだけだった。キスは止まらずに、神谷の手はエルのおしりまで到達した。 「んん、待て! 帰ってからにしてくれよ。初心者にいきなりカーセックスさせるな」 「はは、まさか挿入まではするつもりなかったよ? 可愛いエルを撫でまわしていただけでしょ。でも帰ってからいいんだね? じゃあ、恋人のご所望ですから帰ろうかな!」 「……」  エルはじとっと神谷を睨んだ。 「そんな顔しても可愛いだけだよ。どんどんエルに夢中になっちゃう」 「……ソウデスカ」  神谷がハンドルを握り、車は動き出した。 「なあ、恭一ってさ、いくつなの?」 「やっと僕に興味湧いてきた?」  神谷は車を運転しながら、エルの質問に嬉しさを隠せなかった。 「俺たち何も知らない同士だろ? せめて恭一のことくらいは知っておこうと思って」 「ふふ、じゃぁ、僕の簡単な自己紹介するね。三十六歳、警察官僚として日々国民の皆様のために働いているよ。独身で最近できた恋人はエル。でももうすぐ既婚者だ、エルの身元がわかり次第、結婚するからね」 「なんだよ、その自己紹介は……」  エルは呆れた。年齢と職業の先の説明が要らないと思った。 「大事でしょ、僕の心意気、というかこれからのこと。エルは僕のお嫁さんになる人で、とても大切な(つがい)……そして最愛の人。これからの毎日は、一緒にご飯を食べて、お風呂入って、おはようといってきますとただいまのキスは絶対にはずせなくて、あっおやすみのキスもだ。でもそれ以外でも息をするようにキスをして、毎晩セックスして、それから……」 「待て、待て、待て――。おまっ、何言ってるの! もう、そういうのはいいから、全然話が進まないだろ」  続く言葉をエルは必死で止めた。 「大事でしょ。お互いの嫌なことはしないで、快適に過ごしていくこと。僕はいつだってエルを抱きしめて一緒に過ごしたい。でもエルが今言ったところに何か思うところがあるなら、話し合って解決しないと。僕の心意気を話したんだよ?」 「わかったけど、そういうのはさ。空気感とかいろいろあるだろ? 義務みたいに話されても困る」  神谷は運転席で前を見ながらも、はっとした顔をした。 「義務だなんて、ごめん。言い方悪かったね、とにかく僕はエルを前にしたら止まらないから、エルの言葉や態度で表してくれないと、僕は自分のいいように取っちゃうからね? 誤解がないように生活していきたいから、エルは遠慮なく思うことを僕に伝えてね、愛してるよ」 「うっ、そういう歯の浮くセルフを……察しろよ、俺は男で日本人だ。そういうセリフは多分……慣れていないから」 「ふふ、わかった。察する」  神谷は嬉しそうに話して、片手をエルの太ももにのせた。その手をエルは上から不器用に握りしめた。  きっと、これがエルの精一杯の愛情表現なのだと神谷はまたにやけた顔をしてしまった。  エルは照れたように窓の外に視線を送った。
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