13 休日デート

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13 休日デート

 家にいると神谷はどうしてもエルにちょっかいをだし、いやらしい方向に進むので、エルは外に行きたいと言うと神谷が車を出した。  特にこれといって用事があるわけでもなかったので、ドライブがてらエルの好きなカフェに行くことにした。カフェではいつもと同じような注文を二人ともして、受け取りカウンターに並んだ。休日ともあって結構混んでいたのでテイクアウトにした。天気も良かったので少し歩いた公園でピクニックみたいにおやつを食べたいとエルは言うと、可愛い主張過ぎて押し倒したいとレジ前で神谷は言って、エルに睨まれた。  クッキーなども買って、準備万端だった。エルは外でお茶をするの楽しみだなと、神谷に微笑むと神谷は悶絶した。 「恭一大丈夫?」 「ああ、平気。こういうデートはしたことなかったから、僕も楽しみで今妄想の世界に旅立っていたところだったよ」 「そう? 戻ってきてね。あっ、俺ちょっとトイレ行ってくるから、順番でならんでこの商品が呼ばれたら受け取っておいて」 「え、ちょっと待って。トイレなら受け取ってから一緒に行こう。エルを外で一人にしたくない」  効率悪いと思ったエルは、神谷に説明した。 「あのねぇ、俺あそこに行くだけ。見えているでしょトイレのマーク、そんなに心配ならそこからトイレの入り口をずっと見ていろよ。てかさ、飲み物もってトイレは不衛生だろ」 「う、わかったよ。早く帰ってきてね」  全く心配症なのか、自分を信用していないのか。後者だろうなとエルは思った。エル自身だって、自分が誰なのかわからないのだから、気持ちはわかる。エルはトイレを済ませて、手を洗っていると、ふとヤンキーみたいな男の目線を感じた。  ――えっと、この人、俺を見ている? 「何やってたんだよ! 今まで。連絡くらいくれてもいいだろ!」 「え、だ、誰」  その男はエルに掴みかかると、勢いよく話しかけたというよりも、怒号をあげた。 「え、なんで、首に噛み跡があるんだ……」  なんだろう、もしかして自分を知っている? そう思うも、エルは驚いて声が出なかった。男はエルより少し背が高いくらいで、学生よりは上くらいに見えるがたぶん同年代だった。髪の毛の色が抜け切った金髪で、鼻と耳に大量のピアス。ダボダボのトレーナーとジャラジャラしたアクセサリーたちが主張している。エルから見ると、一言でヤンキーという印象。  その彼は怒っているようにも見えるけれど、顔色が悪い。心配になるほど顔色が悪くて、思わずエルは声をかけた。 「えっと、大丈夫? 具合悪そうだけど……」 「具合って、何を暢気なこと言っているの!? もしかしてあの日、誰かに(つがい)にされた?」  その人は、両手でエルの腕を取ってすがりついてきた。そこでトイレの入り口から声が聞こえてきた。それはトイレの入り口の方からエルを呼ぶ、神谷の声だった。 「エル――。大丈夫? もう受け取ったよぉ!」 「おまっ、ドリンク持ってトイレ入ってくるな、すぐ行くから待っていろ」  トイレの中までは入って来ないが、少し身を乗り出して中を覗く神谷と目が合うエル。その神谷を見て、不衛生だとエルは叫んだら、神谷は肩をすくめたが、すぐさま誰かと話すエルに気が付いて警戒した。 「えっと、大丈夫? なにかあった?」 「ちょっと具合悪い人がいるから、だから外で待て」  その人は驚いた顔をして、エルと会話をする神谷を見ると、すぐさまエルに顔を戻した。 「エルって? あの人……まさか、神谷が(つがい)?」 「え、そうだけど」 「そうか、そういうことか」 「え?」 「だから、俺と距離を……。幸せにね」 「あっ、ちょっと! え、待って」  その男は何かを悟ったように、そしてとても悲しそうな顔をした。男はエルが引き止めるのも聞かずに、振り返らずに足早にトイレを出ていった。  一人トイレを出ると、待っていた神谷は心配そうな顔でエルに声をかけた。 「エル?」 「え」 「何かあった?」 「え、ううん。あの人、大丈夫だった? トイレで青い顔していたけど」 「うん、なんか気分悪そうだったけど、連れの男性が支えていたから大丈夫じゃない?」  彼は、たぶん自分を知っている。それにエルを呼びに来た神谷を見た瞬間に、何かを悟っていた。きっと自分のルーツを知る手掛かりになるのは、あの男だ。しかし、なぜかそれ以上関わってはいけないような気がしてしまったエルは、神谷に今の会話を伝える気にもなれなかった。  もしかしてエルは、このまま記憶を失くしていた方が幸せなのかもしれない。そんな気がしてしまった。あの男が反社だったら? その男とエルが親しい関係だったら? エルの過去が綺麗じゃなかったら……。エルは神谷を手放さなければならなくなる。  そう考えたら、思い出さないことの方がいいように、エルは思えてきた。  ずるいかもしれないが、今は目の前の(つがい)という恋人に集中しようとエルは考えなおし、エルから神谷の腕に手を巻いて密着した。カフェを出て公園のベンチに腰を掛け、コーヒーとクッキーを楽しんだ。  エルは神谷みたいな頂点のような男とは絶対に無縁な人生だったということだけは、なんとなくわかる。生活の全てが違うのは、この数週間一緒に暮らしていて驚くことが多かったから、そう思う。  そして自分はこの世界観を知らないし、男が男と普通に付き合って、子供も産めるなんていうファンタジー世界は、やはり異世界転生でしかないと未だに思ってしまう。先ほどのことが無ければ……だが。  何も考えず、この世界にどっぷり浸かって楽しむくらいの気持ちのままだったと思う。  今では神谷をそういう相手として好きだと自覚している。ただほだされただけにも思わなくもないし、何が恋愛感情に発展したのかなんてそんなきっかけも無い。散々愛していると言われ、毎日のように抱かれて快楽を教えてもらう。寝起きはキスが自然に始まって一日のスタートだと感じる、眠りにつく時も神谷に抱かれて一日を終える。  当たり前に神谷がエルの日常だった。  こうして公園で座っているだけでも、細胞が喜んでいる。大した話をしているわけでもないのに、エルは楽しくて仕方ない。これが全てだと思った。だからたとえあのトイレで会った男が自分を知っていようが、自分はそれを知らなくていいとも思う。  今のこの時が幸せならば。
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