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14 神谷の仕事
神谷は仕事に行っている。そして今日はお手伝いさんが来ない日なので、エルは動画を見ようとテレビをつけた。この世界観を知るために、オメガバースものドラマを沢山見て知識はついた。エルはふと思い出した。
神谷は警察の中でもバース犯罪の部署にいると言っていた。バース犯罪といわれて、初めは全く意味がわからなかったエルだったが、オメガバースもののドラマを見ると、結構な確率でオメガが犯罪に巻き込まれていたのを知って、なるほどと思った。
これか! とエルは思い、神谷にバース犯罪について詳しく聞いたことがあった。そして神谷はその仕事柄、オメガが犯罪に合わないように事前に防ぐことにも力を注いでいると言っていた。
神谷は控えめに言って、かなり顔がいい。高身長、高収入……は、多分そのはず。住まわせてもらっているマンションは、きっと億ションと言われる物件だろう。ホテルみたいに居心地がいい。
さらには匂いまでさわやかで、ずっと嗅いでいたい……と。そこはエルが番だからフェロモンが大好きなだけだよ、と神谷は笑った。とにかく見た目のいい神谷はオメガ集めのために、たまに講演会を開くと言っていた。マスコミも集まるし、テレビで神谷の講演が話題になれば、それだけオメガも犯罪に気を付けようという気持ちになるだろうと、警視庁ではそこに力もいれていたとのことだった。
『仕事がただでさえ忙しいのに、僕はこき使われている。顔を売るなんて、アイドルでもないのにね。でもそれで犯罪が減るなら、やらないわけにはいかないからね』
神谷はそう笑って言うが、実はしっかりと力をいれているのはエルにはわかった。翌日講演があると言っていた前日に、しっかりと資料作りを家でもしているのを見てしまったからだった。
実際に神谷が行う講演会のチケットは海外アーティスト並みに取れない。人気が凄いのだ、実物の神谷を一目見たいと講演会には女性が殺到するらしい……と、お手伝いさんがエルに教えてくれた。
どんな講演会をしているのだろうと気になっていたエルは、”神谷恭一“と検索ワードを入れたら、いくつもの動画が出てきた。警視庁が作っているのもあるが、素人が勝手にアップしているのもあった。講演会の動画を試しに見ると、そこには家では見せないような厳しいのにカッコいい神谷が映っていた。
真剣なまなざしで犯罪について語っている。
内容は、なぜだろう。どれもエルの中には詳しく知識があった。ドラマを見た時も思ったが、オメガモノのドラマというか設定は知らないはずのエルは、どれもがすんなりと頭に入ってくる。こうしたらこういう犯罪に繋がって、危機回避の方法も、なんなら犯罪に合った後の対処法や法律も、ドラマに出てくる以上の内容がエルの中に、自然と身についていたことに気が付いたのだった。
それに今、神谷の講演会の内容を動画で見ていても、なんども聞いたことがある気がしてならなかった。
もしかしたら、自分は犯罪について詳しかったのだろうか。それとも法律について詳しい仕事でもしていたのだろうか? だがオメガは中々そういった国を動かすような大きな仕事にはつきづらいと聞く。
それならば、自分は……。そうであって欲しくはないけれど、やはり反社側の人間で、だから法律や犯罪をかいくぐるために知識があったのかもしれない。
どちらにしてもその事実があったとしたら、もう神谷とは一緒にいられなくなるのはわかる。警察関係者で、しかもエリートの神谷の番が反社だなんて知られていいわけがない。
その時、カフェで会ったあの男を思い出した。あの彼なら自分のことを何かしら知っているのではないだろうか。自分に声をかけたのに、神谷を見た途端、逃げるように去ってしまった。
あれは、そういうことかもしれない。
神谷はあまりにも顔が知れすぎている。一般人からもかっこいいアルファ代表として有名俳優くらいのような見方をされているし、犯罪に関わる人間たちだって神谷を普通に知っているに違いない。
特殊犯罪や、バース犯罪を手掛けて検挙率も神谷は高いと言う。とくに組織犯罪にバース犯罪は関わることが多いから、闇組織だってその一つだろう。
あの男は、神谷を見て動揺した。それは関わりたくない相手だからと考えるのが妥当だった。そして多分だけどあの男はエルと親しい間柄、だから自分がエルと関わることで、エルが危険になるとでも思ったのかもしれない。わからないが、そう推理するのが妥当な気がしてきた。
その日から、神谷の動画を見る日々が始まった。たまに神谷が帰って来たのも気が付かないくらい夢中になっていた。画面の中の人が映画スターのように見えるくらいに、ファンとなり、はまっていた。
「エル? またその動画見ているの? 実物がここにいるんだから! ただいま、キスしてよ」
「ぶはっ。やっぱり画面の中の神谷恭一は別人だな、この動画の神谷はそんなだらけたことは言わない」
エルは動画を止めて、おかえりと神谷に向き合った。
「やめてよ、それ。よそ向きの自分なんだからさ。家庭の中でそんな固い男いやでしょ? 愛しているよ、エル。ほら、キスキス、キ――ス!」
「はいはい、ちゅっ。おかえり恭一」
「ただいまぁ――、マイハニー。会いたかったよぉ。もっと濃厚なのをしよう」
「はは、仕方ないな。ほら、おいで」
やはり別人にしか見えないなって、エルは笑った。
でも動画は気になって、翌日も神谷が仕事に行くと、また動画を漁った。すると今度はエルの中にも変化が現れた。たまにフラッシュバックのようになにかの画像が頭に流れる。
その中には、やはりあのカフェであった男が出てきた。そして自分は神谷の講演会に行ったことがある。そんな画面も頭に浮かんできて画面にアップされている神谷から、エルは自分の真相に近づいていく気がしてならなかった。
それがいいことなのか、悪いことなのかは、いまだに判断できずにいたが、もやもやした気持ちだけが大きくなっていった。
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