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15 再会
やはり自分のルーツを知るべきなのかと、エルはあの男を探すことにした。
以前の自分が犯罪に関わっていたのかどうかだけでも真実を知りたい。神谷に迷惑をかけるのも、過去を知られて嫌われるのも耐えられなかった。
気づけば、この生活が大切なものとなった今、早く過去に区切りをつけるべきだと日に日に思うようになり、ついに行動におこした。
神谷が出社してからすぐに、以前あの男と出会ったカフェに行った。神谷が帰ってくるまでに帰れば、外出がばれることも無いだろうとエルは思った。何日か通って、会えなかったらそのときは諦めよう、そう思いコーヒーを注文して席に着くこと三十分くらいで、思わぬ発展があった。
なんてチャンスに恵まれているのだろうか、エルは早速、以前出会ったあの男を見つけた。目標を見つけ、急いでその席に向かった。幸運にも一人で座っているのが見えたので、これなら話すチャンスはあると意気揚々に話しかけた。
「ねぇ」
「え……俊?」
エルは驚いたが、やはりか、そう思った。
“俊”それが自分の本名かと。この男は自分を知っていると。
「それが……俺の名前なの? あんた俺といったいどんな関係だったの?」
「俺? な、なに言っているの?」
エルを見て“俊”と言った男は、本気で驚いた顔をしていた。
その顔を見て、エルはやはり知り合いだったのかと確信した。あの動画を見た日から、記憶が断片的にまるで古い映画でも見ているかのように、頭にふと流れてくる。その中に出てきた、よく笑う男は、やはり目の前のこの男に間違いなかった。前回会った時も、今も驚いた顔しか見ていないけれど、笑顔じゃなくても間違いない。この男が、エルの過去を知る唯一の存在だ。
「俺、記憶喪失になった。何も覚えていないんだ、気づいたら番ってやつができていた」
「えっ!?」
「俺のことを知っているなら、教えて欲しい。俺は俊っていう名前なのか?」
「……」
その男は黙った。
「なぁ、おまえの名前は? なんていうの? 俺たちどんな関係だったの?」
その男はエルを見て、なんとも言えないような表情をした。
「知らない、人間違いだった。君みたいな人を知らない」
「え!? だって、さっき俺を見て、俊って言っただろう。この間も話しかけて来たじゃないか?」
「だから、知らない。俊になんとなく似ていると思ったけど、やっぱり違った。ごめんね」
「あっ、ちょっと!」
その男は飲みかけのドリンクを持つと、素早く席を立ち、足早に店内から去っていった。
エルは呆然としてその後姿を見た。そして、なぜ自分のことを知っているであろうその男は、自分を知らないと言ったのだろう、そもそも向こうが自分に気が付いた。それなのに、次にエルから話しかけた時は赤の他人のような態度……実際、記憶のないエルにとっては他人で間違いないけれど、それでも腑に落ちない。
ここまで来たら、自分を知りたいと思った。
神谷にあの男を調べて欲しいと頼めば、きっと神谷の力なら男一人くらい簡単に調べ上げられるだろう。だが、エルはそれをしてはいけないと思った。
あの男が頑なに自分との関係を無かったことにしたいというなら、繋がった瞬間にエルは何か予期せぬことが起きてしまう気がした。
今は神谷と二人、楽しく暮らしているじゃないか。それに神谷はエルの素性を知らなくても、戸籍を用意してこれから神谷の妻としての地位もくれると言った。もし、あの男が過去の自分を拒絶すると言うのなら、知らない方が円満にいくのではないだろうか、エルはあまり得意じゃない推理を一生懸命にしていたが、次第に考えることが面倒くさくなったので、そのまま神谷のマンションに一人帰ることにした。
「エル? どこに行っていた!」
「え、恭一。仕事は?」
玄関を開けた瞬間、怖い顔の神谷がスーツ姿で出てきた。
「エルが部屋からいなくなっているのが見えて、急いで帰って来た。一人で外に出るなんて、どうしたの? 僕の言いつけ守れない?」
「見えてってなに? それに俺だって一人で出かけられる。あそこのコーヒーが飲みたくなったから、ふらっと行っただけだよ」
神谷はエルを抱きしめた。
「それならコンシェルジュに頼めばいいだろう。とにかく、記憶がない今、一人で外に出るのはやめてくれ」
「う、うん。ごめん」
エルは成人男性だ、多分。
それがこの男に囲われている以上、一人での行動を制限しなければいけないのには納得がいかないが、もともと争うタイプの人間ではないのであろう。自分には何か反抗してまで、抗う気にもなれなかった。神谷は初めこそ怖い顔をしてエルを出迎えたが、それ以上にホッとした顔もしていたので、心底心配してくれたのだろうということが、エルにはわかったからだった。
「仕事、大丈夫?」
「ああ、すぐに戻る。エルの捜索隊も配置したから解除しないと」
「大げさだな……」
「エル!」
「ごめん」
イケメンに睨まれるとぞっとする、そう瞬時に理解したエルはすぐさま謝った。
「何度も言うけど、僕にとってエルは無くてはならないたった一人の人だ。いい加減自覚してほしい」
「う、ん。本当にごめんなさい。迷惑かけた人たちにも謝りたい」
「いや、いい。自覚したなら次からは勝手な行動をしないで。それでいいから」
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