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むりやり唇をこじ開け、深いキスをするのは神谷には簡単なことだったが、このままここに留まるわけにもいかなかった。番のいないオメガがヒートを起こしている、それはすなわち番のいないアルファを引き寄せてしまう。
「仕方ないね、ここは人も来るし、僕の家に行こう」
「ぷはっ!」
唇を離すと、オメガは勢いよく口を開き、呼吸を荒げた。キスするときに必死に息を止めていたらしい。可愛らしいそのしぐさに、早く囲って誰も彼を見ないところまで急いで連れていきたいと、神谷は慌てた。
「ちょっと、ごめんね」
「あ、ああ!?」
「君を早く味わいたい、急かして悪いけどこのほうが早く移動できるからね。落ちないように掴まって」
神谷は了承を取る余裕もなく、オメガを抱きしめた。慌てた彼は神谷の首に顔を埋めた。神谷はオメガを抱き上げそして、思いっきり抱きしめると、その香りがまた鼻腔をくすぐった。
――僕も、持ちそうにないな。
足早にその子を抱きかかえて、駐車場に向かった。そして部下が待つ車をノックした。窓が開くと、部下は僕を見て、驚いた顔をした。
「ごめん、悪いけど僕、ラットを起こしそうだから、車出してくれる? 行先は僕の家、それとこれから一週間の休暇申請もしておいて。運命のこの子に出会ったから」
「え、ええ!? ラットって、抑制剤飲んでるのに? マジですか! とにかく騒ぎが起きない内に、早く車に」
「悪いね」
後部座席に彼を先に座らせてから、自分も隣に座った。そして意識が朦朧としているオメガに話しかけた。
「大丈夫? じゃないね」
「もしかしてその子、警視正の運命の番なんですか? もうヒート入っていますね」
運転席についた部下が、ミラー越しに話しかけてきた。
「そうだね、だからあまり後ろは見ないで運転に集中して」
「はい! お任せください」
彼は番持ちのアルファだから、番以外のオメガフェロモンに左右されることはない。だが、この子の姿を見せるのは、嫌だった。
「はっ、はぁん」
「もうちょっと、もうちょっと我慢してね、すぐに家に着くから」
「やっ、も、我慢できない。はぁ、お願い。そのまま騙されて、僕の罪を隠して……」
――なにか不穏なことを言っている?
「罪ってなに?」
「あっ、はぁっ、はっ」
オメガはヒートに入っていてもう会話どころじゃなかった。その割にはキスもしてこないところを見ると、やはり性体験がないのだろう。どうしていいのかわからない、そんな雰囲気だった。
そして神谷も運命のフェロモンに充てられて限界ぎりぎりだった。神谷はオメガを抱き寄せ自分の胸に顔を隠し、きつく抱きしめた。たとえこの子が犯罪者だろうと関係ない、もしそうなら自分が警察をやめればいいだけのこと。罪という言葉は、運転席の部下には聞こえていないようだった。部下が神谷に話しかける。
「警視正、ヒート持たなそうですね……」
「ああ、運命のフェロモンはやばいな。講演会のために強めの抑制剤を飲んでいたのに、僕もこのザマだよ」
「仕方ないですよ、自分も番のヒートの時は何をしていても持ちませんから。緊急時だから許してくださいよ……」
「え?」
そう言うと、部下は窓を開け手動でサイレンを付ける。けたたましい音を鳴らし、スピードを上げた。
そのおかげで思いのほか早くマンションに到着した。
車の中で、気絶してしまったその子を抱きかかえ、地下駐車場からエレベーターで部屋まで上がった。
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