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5 エロ転生
「すまない、話がえげつない方向へいったな」
「ううん、変なこと聞いてごめん。じゃあ、俺はオメガで三カ月ごとに発情期がきて、それを抑えるために薬を飲むか、アルファの男か女かベータの男とセックスする事で発情期を過ごすってことで合っている? そのどちらもない状況だとどうなるの?」
妙に細かい設定な世界観に、エルは興味を持ち始めた。
「まず、オメガの発情を抑えるのに効果があるのは、アルファとの体液交換。セックスが一番効果はあるが、キスでさえ多少の効果はある。ベータにはフェロモンが存在しないので性行為の快楽は拾えてもアルファの体液には及ばない」
「ふーん」
「そしてセックスもしない薬も飲まない、そうなると悲惨だと聞く。薬を飲んでいても最低限の自慰は必要になるくらいだから、薬なしだと、あそこは腫れあがるほど擦っても一向に発情は収まらず、中には狂う人もいるみたいだ。とにかく一週間ずっと欲情している。セックスすればそれが少しの間収まるから一番楽な方法だ」
「どちらにしても発情期は必ず欲情するってことなんだね。オメガは大変だな」
エロゲーの世界に転生したとエルは思い込んだ。どうやっても三カ月に一度は強制エロ期間があるらしい。
――恐るべし、エロ転生。
「ははっ。君もオメガだし、それに君の年頃なら、忘れているかもしれないけどもう何度も発情期は経験しているはずだよ。早い子だと中学生から発情期は始まり、妊娠が必要なくなる年齢になればやっと発情期は終わる。子宮があるっていうことは子供を産む期間に必要なことだから」
「お巡りさん、説明上手だね。なんか俺すごく理解できたよ。でもちょっと疲れた」
エルは、エロで腹がいっぱいになり疲弊していた。ここまであの変態と思っていた凌辱男から逃げることで、セックス三昧だったはは今さらながら悲鳴を上げ、さらには心もオーバーワーク気味だった。
「そうだな。俺もこんな話をしたのは初めてだよ。これは小学生が当たり前のように習う世界の常識だからな。改めて話すとなんともオメガには厳しい世界だな」
「小学生でそんなこと習うのえげつない。で、その性別って生まれた時から決まっているの?」
「ああ。だいたいは特徴があるから決まっているようなものだけど、十歳を迎えたらバース検査を行う。これは国民の義務だ」
「特徴って?」
警察官は立ち上がると、部屋の隅にある冷蔵庫からペットボトルの飲み物をだした。冷蔵庫の上にある棚からは、がさがさと何かを取り出す。
「その前に、そろそろ休憩しないか」
チョコにキャラメル、おせんべい、お饅頭、コーヒー、オレンジジュース、お茶、水。大量のそれにエルは驚いていた。
「疲れた時は、甘いものがいいだろう。オメガは甘党とだいたい決まっているからな」
「……そうなんだ。それも特徴の一つ?」
「そうだよ、絶対とは言わないけどな。あと、オメガの子は犯罪に巻き込まれやすいから、よく訪ねてくるんだ。その時に備えておやつは大量に備蓄しているから遠慮せずに食え!」
「あ、ありがとう」
エルは、ペットボトルのお茶を手に取り一気に半分ほど飲みほした。思っていたよりも喉の渇きを体は主張していたようで、水分が体にしみ込むと少し落ち着いた。警察官は、せんべいをバリバリと食べている。豪快な食べっぷりに思わず笑ってしまった。警察官はエルの笑いに反応する。
「ん? イケメンがせんべい食べるのがおかしいか?」
「いや、自分でイケメンって。お巡りさんお腹すいていたの? 俺の話に付き合ってくれてありがとう」
「おい、イケメンって君がさっき言っただろう。君もほら、これでも食え、俺の番がこれ好きなんだよな」
エルの前に大きな大福が置かれた。エルもそういえばと、自分の腹がすいてきた気がして、遠慮なくそれをほおばった。
「ところで番って何? 神谷も俺のことそう言っていたな」
「ああ、番な。その説明はちょっと長いぞ」
「うん、でも教えてほしい」
警察官は口に入れた食べ物を咀嚼すると、一気にペットボトルのアイスコーヒーで飲み干した。そしてエルの質問にまた丁寧に返答する。合間にポテチを食べているのを見て、相当お腹がすいていたのだろうとエルは思った。警察官の邪心のない態度を見ていると、エルも気兼ねなく大福を食べながら気軽に話を聞くことができた。
警察官が話す内容は、番とはアルファとオメガだけの関係性で、恋人や夫婦よりも強固なものだということ。
オメガは発情期になると、異性を誘うフェロモンが強くなり、自分の意思とは関係なく強いオスを欲しがるメスになる。たとえ嫌いな相手でもそこにアルファがいればフェロモンで誘う。だが番という唯一の存在がいれば、フェロモンは番にしか効かず、他の一切のオスを誘うことがなくなる。番がいても発情期がなくなるわけではないので、ヒート期間はずっと性欲にまみれるのは変わらない。
結局オメガは三カ月に一度は乱れなければいけないなら、番なんて意味ないとエルは警察官に問いただすと、それは違うと言われる。
「そんなことないぞ。たった一人の人間だけが相手になるんだ、負担は減るだろう。人の番に手を出す輩はまずいないし、番以外を誘わないなら外で急な発情期がきても、誰かに犯されることがない」
「オメガって、番がいないとそんなに危険なの? 一人で外に出るだけで、犯されるリスクがあるの?」
聞いていて、怖い世界だと思った。そもそもエロに特化しすぎていて倫理感がわからない。
「言っただろう、発情期は誰でもいいんだよ。とにかくやりたくて仕方ないっていうフェロモンが意思とは関係なく放出される。それを察知するのがアルファだから、発情オメガがいたらアルファだって抗えないし、抱きたくもない相手をレイプしなくちゃいけないんだから、どちらも被害者だ」
「生きにくい世の中だな」
アルファもオメガも、互いにフェロモンというものには逆らえないらしい。エルは単純に、この世の中は辛いだけじゃないかと思った。
「そうでもないぞ、番がいればアルファはより強くなるし、オメガはたった一人に守られて生きやすくなる。番がいるオメガなら社会に出て問題ないし、発情期だって楽になる」
「ふーん、その番ってどうやってわかるの?」
「わかるというか。番契約をするには、発情期中のセックスでアルファがオメガのうなじを噛めば、それで成立する……つまりだな」
エルは最近できたばかりの新しい傷跡をさすりながら察した。
「それって……。神谷が俺の番ってこと?」
「……ああ。話を聞く限り、その男は君の番だろう」
エルは冷静に自分の状況を見た。そしてペットボトルのお茶をすべて飲み干して、気まずそうに話す警察官に向き合った。
「じゃあ、ラッキーじゃん。俺はもう発情期がきても誰にも犯される心配がないってことでしょ。そんな憐れんだ目で見なくていいのに」
「その……番というのは、とてもデリケートな問題で」
あっけらかんと話すエルに対して、警察官は逆に焦った。
「まだ何かあるの?」
「オメガにとって、番は生涯ただ一人だけの存在だ。だからある意味夫婦関係よりも深い。一度契約すると、それきりだ。オメガからは解除ができない」
契約は一度、エルは不思議な制度だと思った。
「じゃあ、アルファからは解除できるの?」
「ああ。だからオメガはこの人だって決めた人間を番にする。そして問題なのは、オメガは番解除されたら、もう誰ともツガうことができない」
「いいじゃん、何が問題なの?」
警察官は残りのアイスコーヒーを飲み干すと、真剣な顔で向き合ってきた。
「オメガにとって、番ができたらその相手としか生涯、キスはおろか性行為もできなくなる。つまり、発情期に番以外と性行為ができないとなると、オメガは性欲を吐き出す相手がいなくなるということだ。オメガにとっては辛い人生になる」
「……なるほど」
とても深い問題だとエルは思った。
「一生薬だけで発情期を過ごせるほど、甘くないんだよ。だから番は絶対に解除されない相手を選ぶことがオメガにとって人生の課題だ。逆にアルファはそのオメガの人生を背負うことになるから、本気で好きな相手しか普通は番にしない」
「じゃあ、俺を番だと言ったあいつは俺をそういう一生の相手として見ているってこと?」
「それは、その神谷って男を知らないから何とも言えない。普通はと言ったのは、普通じゃないアルファだっているから。この世の中に犯罪者がいるように、オメガを奴隷のように扱うアルファも存在するのは確かだ」
一人を性的に支配できるフェロモンで番だけを求めるなら、性奴隷が欲しいアルファにとっては、最高の世界だとふと思った。
「ふぅん。まあ、もうしょうがないよね。その神谷とはもう会わないし、番になっちゃったものは仕方ない。この首の噛み後はもう消せないんでしょ?」
「そうだな。番解除は相当な苦痛を強いられるんだ……、君は可愛い顔をしているのに、なんとも潔いな、ははっ」
「顔は関係ないだろ。もう番についてはだいたい理解したからいいよ。それより俺は今後どうしたらいいかな? 俺の身元とかどうやったらわかる?」
「……」
目の前の警察官は渋い顔をした。
エルは、もはや先ほどの話には興味がなかった。番やバースなるものの知識は最低限わかったので、これからは身の振り方を考えなければならない。オメガというくだらない設定の他は、いたって普通の世界だ。身寄りもない戸籍もない、さらには金もない男がどうやって生きていけばいいのか。この若さでホームレスなど耐えられるはずない。ここがエルの想像通り本当に異世界だったなら、身元がわかるはずがない。
だったらどうにかして戸籍を取って、仕事をみつけて生活の基盤を作りたい、そう思うエルだった。
「いや、番だぞ。凄い人生の大問題な課題だよ!? 俺の話聞いていた?」
「うん。でも、あんな変態お断りだし、俺は早く今の自分をどうにかしなくちゃ! 今日帰る家だって知らないんだよ。現実問題そんな男女間の話みたいなのどうでもよくない?」
この子はコトの重要性を何もわかっていない。警察官はそんな顔をして、またも頭を抱えた。そしてエルの明るい答えにふと、返事をした。
「いや、そうなのか? まぁ家がないのは切実だな」
「ね、そうでしょ。家とご飯。これは生きてくうえで大事なものだからさ。身元が不確かなら働くこともできないでしょ。どうしたらいいか教えて欲しいよ。とにかくお金が全くないんだし」
「ああ、記憶喪失か。その場合はどうするんだ? ちょっと周りの奴に聞いてくるから……」
警察官が話している最中に、コンコンっと開けっ放しだったドアを誰かがノックをした。オメガとは個室で二人きりにならないように、警察署ではオメガと同席する場合はドアを開けておく決まりがあると最初に言っていたから、ノックの音と同時に警察官にはその男が見えたのだろう。そして驚いたようだ。
その驚いた顔をエルは不審に思いながらも、きっと署内の関係者が彼に用があって来たのだろうと思った。相手は自分の背中の向こうなのでわざわざ振り返ってみる必要もないと判断し、もう一つのペットボトルを開けて水を飲んでいた。
「話は一通り、済んだかな?」
「あなたは……」
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