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8 怖い思いをした後は
「恭一……」
「ん?」
先ほどから神谷に抱きしめられたまま足の上に座っているエルは、神谷の香りが一番強く香る場所が首もとであると感じ、そこにひたすら鼻をくっつけてくんくんとしていた。
「これは……。完全にエル君、番のフェロモンに酔っていますね」
「そうだね、そうしなければオメガには耐えられないんだよ。実際に見たのはこれが初めてだけどね」
神谷と三隅が何か話していたが、その場所が今のエルの場所であると示すように、そこにずっと居座っていた。
「自分の番にこんな思いはさせられないなと、失礼ですが反面教師にさせていただきます」
三隅が申し訳なさそうに言うと、神谷はくすっと笑いながらエルの頭を撫でて三隅を見る。
「それはそうと。エルはこのまま家に連れて帰るから、君は今日迷子の僕の番を保護した、そう上司に言うといい。エルの記憶うんぬんについては誰にも漏らさないように」
「わかりました。必ずエル君の支えになってください。警視正が自ら捜査するのであればそれが一番いいですね。それに今のエル君を見ていると、やはり番は必要かと思われますし」
二人はアルファ同士なので、通じる部分も多く、全てを語らなくとも理解しあえたようであった。その時、神谷の腕の中にいるエルが苦しそうにつぶやいた。
「恭一、キス……」
「キスが何?」
「キス、しろよ」
エルは、神谷の腕の中で神谷の胸に顔を埋めて香りを堪能していたが、正直足りなかった。どうしても、神谷のあのねっとりとする口づけが欲しくて仕方なくなった。きっと神谷とキスをしたらこの気持ち悪さは収まると、なんとなく本能でわかった。
エルの申し出に、神谷は少し驚いた声を出した。
「いいの?」
「してくれないと、ここで吐く」
「それは大変だ」
神谷は、恥じらいながらも口づけを強要してくる番が可愛くて仕方なかった。エルはその声色に、大変などと心にもないだろうと思った。神谷は胸にうずくまるエルを引き離し、顎をつかむとそっと口づけを落とした。
「ん、んん」
「エル、これでいい?」
チュっと軽く音を立てて離れると、エルの目はもっとうるんできた。
「足りない……」
「ふふ、そうだよね。うなじも消毒しなくちゃね」
今度はエルの唇からその中まで舌を入れ込み、強引に中身を暴き出すかのようにエルの唇をむさぼりついた。そして濡れそぼった唇を離すと、エルのうなじをそっと触り、うなじに唇を付けた。
「あっ」
エルはビクっとしたが、嫌がる反応ではないのは一目瞭然であった。その二人のやり取りを動けずに三隅は見てしまっていた。エルの背中越しから三隅に神谷は笑いかけると、舌をだしてエルのうなじを舐め始めた。
「ああっ」
「エルのここは僕だけのものだよ」
「あっ、恭一っ」
エルはぶるっと震えると、息があがり再び神谷の胸の中に顔をこすりつけ泣き出した。
「エル?」
「……でちゃった」
「えっ」
神谷は慌ててエルの下半身を見るとそこはほんのりと、かわいらしいシミができていた。
「エルは堪え症がないからな、ふふっ」
「恭一が変なところ舐めるからっ!」
フェロモンが体に入って欲望を吐きだしたことでオメガの機能が戻り、番以外のアルファにうなじを触られた不快感が終わった。エルは先ほどのうっとりした感じが少しだけ収まり、神谷に恥ずかしいことを言われたと自覚した。
「わかった? うなじの重要性。番が触れば欲情するけど、それ以外の人がたとえ故意じゃなく触れても、噛み後のあるオメガはどうしようもなく気分が悪くなる。そして番じゃなければその症状は治せない。だからエルには僕がこれからも必要なんだよ」
ぐだぐだと説明する神谷が鬱陶しかったのと、それ以上の行為をしたいとエルは思い、早く二人きりになりたかった。先ほどまで変態から逃げることしか考えていなかったなど、もうすでに過去のことであり、今は番と呼ばれた唯一の男だけが自分を癒せるのが理解した。
「わかったから! だからもう家に帰ろうよ。俺、パンツ汚しちゃったからもうここには居られない……」
「ふっ、そうだね。エルは僕に抱っこされておうちに帰るしかなくなっちゃたね。それに、後ろにも欲しいんでしょ?」
「んんっ」
神谷はそっとエルの尻を触り、割れ目を服の上から何度か指で往復した。エルはそこを通るたびに反応を示して、また下着にシミを作った。今度は前ではなく後ろからオメガ特有の蜜がこぼれ始めた。
「ああっ、やだっ、後ろからもなんか出ちゃうよ。ここじゃヤダ!」
そこで慌てて三隅が止めに入った。
「警視正! ここには自分もいるので、ちょっとお控えください。今、車を回すように手配しますので、エル君をこれ以上刺激しないで、そろそろ――」
「ばか! 恭一のアホっ、早く家に連れて帰れ!」
三隅の話しかけに、神谷ではなくエルが反応を示した。先ほどからあまりの恐怖と快楽で忙しく、そこに三隅がいることをやっと思い出した。急に羞恥心に飲まれ、神谷にくっついたまま罵倒した。というのも、もう離れるという選択肢はエルの中にはなかった。まだくっついていたい、でも、ここではそれ以上のことはできないというエルの中の常識が乱暴な言葉で現れた。本心は、早くあの家で神谷にとろけさせてほしかった。
「はいはい、エル。じゃあ帰ろうか。三隅君、本当に色々とお世話になったね。また後日お礼に行くから、じゃあ」
「いいえ、自分は警察官としてのことしかしていません。ではお気をつけて。エル君、恥ずかしがることはないよ。君はオメガとして普通のふるまいをしているだけだからね。これから神谷警視正から色々と教わるといい。何かあったらまた相談においで」
「う、うん。三隅さん……ありがとう」
エルは神谷に抱きかかえられながら、顔だけ三隅に向けて感謝を伝えた。本当なら立って頭を下げて礼を伝える場所だと思ったのだが、エルは今、神谷から少しも離れたくないという不思議な感覚があった。
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