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ああ。だめだ。弱っている時に殴るなんてできない。怒って泣き喚くなんて出来ない。ショックな時、私はただただ黙って泣いてしまう。普段の私からは考えられない姿だから美夏が凄く驚いてる。周りの人たちも珍しいものを見たもんだとばかりにこっちを注視するから視線が突き刺さる。それを気にしてられない程私の涙は止まらず出て来てしまう。そんな私のことをよく知っている陸斗は、私を優しく抱きしめて背中をなでなでしてくれた。
「一体なんの騒ぎです?」
ああ、来た。お局の麻由美さんの声だ。無理だ。きっと私は怒られる。烈火のごとく怒る姿が容易に想像できてしまう私の身体が陸斗の腕の中で震えた。
「まぁ!ちょっと美夏さんその資料はどういうことです!?」
「え!?あ、あたしじゃないですよ!昼休憩から杏奈と戻ってきたら机の上がびしょびしょで……ほら、杏奈の椅子もこんなに濡れてるんですよ!杏奈は十六茶じゃなくて麦茶派なんでこの十六茶は絶対杏奈のじゃありませんよ!」
美夏がテンパりすぎたのか言っていることが少し滅茶苦茶になっていた。でも、私が自分でやってないってことだけは強調してくれて、その優しい友情が嬉しかった。けれどきっと麻由美さんには通用しないだろう。現に、麻由美さんの気配が私の背後に来るのを感じた。そして腕が伸びてきて――え、私の背中を撫でてる?
「ええ、存じてます。というか私は犯人を知っています。一生懸命一緒に資料を作ってくれた杏奈さんがこんなことするわけありませんもの。ねぇ、百合さん?」
麻由美さんの言葉にその場にいた全員が凍り付いた。
それほどに、冷たい響きを持っていた。
「え……」
蚊の泣くような小さな声が上がった。
一斉に、声の方へと視線が移った気配がした。
そのおかげで、私に突き刺さる視線が消え去り、私の涙は少し落ち着きを取り戻し始めていた。
「あの、なんで私なんでしょうか。ちょっと意味が」
「さぁさぁ!他の人たちはさっさと仕事に戻る!こっからは関係者のみで話すからもう気にしない!はい!切り替えて切り替えて!」
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