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01:幸せの日々
コポコポコポと液体の煮立つ音が一際大きく聞こえる室内。
ふと俺は顔を上げて意識を窓の外へ向ける。そこではシンシンと雪が降っていた。
通りで冷えるわけだ。
再び作業に戻るために視線を目の前の机に戻す。そこには赤、青、緑、黄といった様々な色の液体が入ったガラス瓶が並んでいる。
俺は持って生まれた『鑑定』の能力で、液体の状態をつぶさに観察しながら研究を行っていた。そんな数ある瓶の中から俺は、ことさら状態の良い、赤い液体が入った物を手に取った。
そしてそこに、緑色をした液体を流し込んだのだった。
※
※
※
「よぉ。レノル」
そう言って朝イチで声を掛けてきたのは、幼馴染にして親友のオーランドだ。徹夜明けの目に彼の輝くような金の髪は少々眩しい。
「どうだ、そっちの様子は?」
どうやら俺の方の研究成果が気になるようだ。
「あぁ。制御は上手く言っているよ。そっちはどうだ?」
「あぁ。培養も問題ない」
俺たちは現在。トリートという物質の培養と制御の共同研究を行っていて、その最終段階の調整に入った所だ。この物質を一言で表すのなら『希望』。人類の希望そのもので、どんな外傷もたちまちの内に癒せる傷薬だ。
オーランドが緑の瞳を伏し目がちにして言った。
「なぁ。最近、家に帰っているのか? 風呂はどうだ? お前の黒い髪。油でベタついているぞ?」
俺は「あぁ……いや。最近はあまり」と言って口ごもる。するとオーランド。
「おいおい。いくら幼馴染を妻にもらって気心も何もかも知れた仲だと言ったって、そんなこっちゃ浮気されるぞ?」
親友の言葉に俺は心が揺れる。彼には隠すことが出来ない。きっと今の俺の黒い瞳は不安で揺れていることだろう。でもそれを隠すように抵抗する。
「いやぁ。でもなぁ。この研究が上手く行けばエイミーにも楽をさせてやれるんだ。もう少しなんだよ」
オーランドが言う。
「気持ちは分かるがな。取り敢えず今日は帰れよ。今からでもさ」
「今からって。今、朝だぞ?」
「だからだよ。お前。昨日も徹夜だったんだろ?」
「あぁ。まぁ、そうだけど……」
「今日は帰って休め。なんなら2日か3日ぐらい休め。エイミーに顔を見せてやれ」
俺はオーランドに言われて急に色々と不安になってきた。
「それもそうだな。後は最後の調整だけだし……」
「おう。制御の方だが俺も見ておくから」
親友に言われて、俺は久しぶりに妻の待つ家に帰るために、トボトボと雪のちらつく街を歩く。
普段は研究室で寝泊まりしていて、妻の居る家に帰るのは久しぶりだ。
研究室から自宅までは結構な距離を歩く。街は特に変わりがないようだ。
何時もの街並みに人通り。寒いからか急ぎ足で通り過ぎる人々を避けつつ、俺も急ぎ足で帰った。自宅の玄関を開けると、そこには妻が居た。
「あらレノル。おかえりなさい」
そう言ってエイミーが俺の髪に触れる。
「うわぁ、ベタついているじゃない。お風呂に入ってる?」
最後に風呂に入ったのは3日前か。
俺は首を左右に振った。
「あぁ、いや。研究に忙しくて」
「もう! 私、言ったよね? どんなに研究が忙しくても生活はちゃんとしてって。ご飯は食べてるの?」
俺は彼女の圧に押されて、タジタジになる。
「あぁ。いや。その……」
「駄目じゃない! もう!」
何時もの光景だ。そして何時もの彼女の怒る声。俺は苦笑いを浮かべる。
「君には怒られてばかりだな。昔から」
するとエイミーも苦笑い。
「もう! ほんっと。放っておけない人なんだから!」
そう言ってキスをねだられた。俺はそれに応える。
「お風呂に入ってくるよ」
「ふふ。なら一緒に入りましょ。ね?」
「あぁ」
「今日は寝かさないし、しばらくは研究室に帰さないんだから」
そう言って甘える妻に俺は頷く。
そして3日後。
久しぶりに研究室に行くと部屋はもぬけの殻だった。
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