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 電気を点ける。はたきをかける。床を水拭きする。たとえ町はずれの小さな雑貨店でも掃除はおろそかにしない。店長が来る前に窓拭きまで終わっているのが望ましい、と勝手に思っている。お互い、店の二階に住み込みだが、生活リズムは異なっている。 「お早うベネ。今日も精が出るね……おお。相変わらず器用だな」  装飾用の菓子の空箱を並べ直していると店長の声が聞こえた。いくつかの箱を開き、組み合わせて動物の形にしたものは客からも好評だ。 「邪魔だったら除けてください」 「なんの。賑やかで良い。……今日は昼から配達があるから、早めに準備しておこう」  店長は伝票の写しをこちらへ寄越す。魚の缶詰、白ワイン、オリーブのオイル漬け……常連の老夫婦は近頃、配達を頼む回数が増えた。 「―こっちの酒ばっかりのは? 住所がないですが」 「あぁ、ごめん! 予約のを混ぜてしまった。朝いちで取りに来るってんで、これも準備しておかなきゃな。……聞いたことがない店からの注文だったんだ。いたずらじゃなきゃ良いが」  羅列されたアルコール類の名は有名なものばかりだ―ここぞというときに飲むような、高級な。店長の心配ももっともだ。  注文品の準備と在庫の確認をしていると、店長は「そういえば」と口を開いた。 「ベネは朝刊読んだかい」 「……いえ」 「新しいトンネルがようやく完成したって。北の町……君の故郷にも行きやすくなるみたいだ」 「そうですか」 「お節介は承知で言うけれど、ここに来てから一度も帰っていないだろう?」 「……」  北の町を出、あちこちを転々としたのちに拾ってくれたのが店長だった。多くを聞くことなく、行く当てがないならと雇ってもらいもう数年になる。  彼に恩はあれど、その言葉通りに里帰りをする訳にはいかなかった。近しい人達にも土地にも、合わせる顔の一つもない。 「帰りたくなったら相談してよ。休みはいつ取っても構わないと言っているだろう?」 「ありがとうございます」  開店時間が迫り、シャッターを持ち上げて看板を外へ出したときだった。  見覚えのある黒髪が店の正面で待っているのが見えた。
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