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 夕飯の魚を買いに行った帰り、道の真ん中に座り込んでいる数人の子供に出会った。よく店へ駄菓子を買いに来る子供だ。拾った石やチョークで絵を描いて遊んでいるらしい。避けようとすると「あ、ベネだ」と手招きされた。 「呼び捨てにするんじゃない。どうした」 「ベネって絵ぇ上手? あれ描いて、あれ。サメ」  了承も待たずに一人がチョークを持たせてくる。 「うちの母さん言ってたよ。お店にあるスプーンとか鍋敷きとかはベネが作ったやつだって。上手だーって」 「絵はまた別だろ」  しかし描かなければ解放されそうになかったので、大きく口を開いているサメの絵をざっと描いた。子供らは声を揃えて「すげーっ!」と歓声を上げる。 「かっけぇ……。クジラも描いて! あと熊! 戦わせようぜ!」 「また今度な」  渋々と子供たちは離れていく。来週あたり入荷する新作の駄菓子の情報をやると、雄たけびのような声をあげていた。  さて。魚料理を所望したのは店長だが、焼くか香草と共に煮るか。  使いかけの食材を思い出しながら帰宅すると、店の奥にある共有スペースには二つの人影があった。 「あ、お邪魔してますー」 「また居るのか」  店長とシラーがボードゲームに興じている。陣取り合戦は見たところ五分五分といったところだ。  明らかに手加減をしている店長とは反対に、椅子の上で膝を立てたシラーは唸りながら手を宙にさまよわせている。今日は髪を結わえて水兵のような格好をしているからか、ペーパーテストで悩む学生にも見える。  彼がこうして尋ねてくるのは珍しくなくなっていた。そのせいで、店長はシラーを俺の友人だと思っている。  店のお使い、個人的な買い物、食事の誘い。訪問理由は多岐にわたった。  食事を持ちかけてくるのは、決まってこちらの予定がない日だ。大通りのスープ専門店や、駅前の喫茶店や。店長を除けば、誰かと食事をするのは久方振りで―悪くないな、と思っているのは事実だ。 「お使いありがとう。そこの袋にシラーさんが持ってきてくれたお菓子があるよ。私もいただいちゃった」 「かまいません。沢山食べてください」 「ベネも一戦やるかい?」 「遠慮します。今日中に作りたいものがあるので」 「そうか。根を詰めすぎては駄目だよ」 「夕飯当番は忘れないようにしますから」  シラーに菓子の礼を言うと、彼は「それより」と首を傾げた。 「何を作ってるの? 僕も見たい」  口に出さなければ良かった。  心の底からそう思った。 「ベネ、良ければ見せたらどうだい。シラーさんだってこんなおじさんとゲームしに来たんじゃないだろうし」 「……好きにするといい」  水のボトルを二本持ち、階段を上る。シラーは遅れて付いて来た。  階段の右、東側にあるのが店長から借りている自室だ。寝る以外にすることといえばモノ作りか読書だから、家具も少ない。辛うじて装飾物と呼べるのは、ベッド脇に貼っているポスターだった。この町で定期的に開催されている、工芸コンテストの宣伝物だ。  シラーを椅子へ座らせ、新聞紙をひいた床に胡坐をかく。捨てるのを忘れていた木屑が小さく舞う。  作りかけの木片を拾い、鉛筆で線を引きながら全体を想像する。最初に思い描いていた通りにいかないのはざらだ。 「動物? じゃないね」  シラーの声に頷きを返す。手の平に乗る大きさの置物を、懇意にしている刃物研ぎから頼まれていた。 「鳥はどうだと提案したら、色々な種族が良いと。客を増やしたいんだと」 「それで有翼種……こっちは草木種」  親しみやすい表情や仕草を表現したいのだが、こうした置物は作り慣れていない。要望に合ったものが出来るよう試作を重ねている最中だった。  シラーはこちらの手元を見つめている。呼吸を止めているのではと疑ってしまうほど、静かに。  開いた窓から流れてくる風がカーテンを揺らす音。木を削る音。それらがより明瞭に聞こえた。 「職人さんってこうやって作ってるんだね」 「……本来は金属加工が専門なんだ。木工も石工も、何でもやったが」  独り言のつもりで口を開く。  身の上話をしてすくわれる、何かがあるとも思えなかった。 「農機具の修理より、装飾品を作るのが楽しくなってな。だんだんとそちらの依頼も増えていって……ヒトでないものは、金の代わりに身体の一部をよくくれたよ」  彼らは俺たちと同じ生活を営みながら、自身の羽根や角を生かすすべを知っていた。彼らの間ではヒトの通貨が役に立たないと、笑って教えてくれたこともあった。 「それを、使って?」 「あぁ。貰ったものと組み合わせて、首飾りやブローチや、色々と」  世の中も知らず、どうしようもなく田舎者だったが。  あの頃は作ることが純粋に楽しかった。 「彼らとは、お互いの了解の上でやり取りを続けてきたんだ。……町を出たら違法だとは知らなかった」  外の世界で自分の腕を磨きたい。  そんな青い望みを持ってジャスパーと共に北の町を出た―彼はすぐに商人として名を上げ、俺が作った細工物を卸す手助けもしてくれた。  だが俺はすぐに、自分の浅さを思い知らされた。ここでは、パトロンもつかない田舎の作家など見向きもされない。話題性がなければすぐに埋もれていく。  加えて町では既に、生体由来の材料に対する規制が厳格化され始めていた。北の町では問題なく使えていたものを、いきなり取り上げられた気分になった。  自棄になっていたさなか、一つの考えが浮かんだ。  見破られなければ良いのだ。  他にはない材料を使えば、目を留めてもらえるに違いない。  そんな甘すぎる考えに囚われ、実行に移した。 「象牙でも獣骨でも甲羅でも、どんな材料でも使った。……北の町で良くしてくれた異種族の友人が、親切心で送ってくれるものもあった」  ジャスパーは俺が違法な材料を使っていると知っても止めなかった。そうか、と頷いただけだった。 「……それ、どうしたの」 「手元のものは全て処分した。いくつかはジャスパーに渡したが……売る直前で取りやめにしてもらった」  売るあてがあったことに少なからず驚いたが―とっくにお天道様の下は歩けんよ、というのが、あの頃のあいつの口癖だった。 「最後の最後に恐ろしくなったんだ。―つまらない話だ」 「そんなことないけど」  喋っているうちにナイフを動かすのを止めていたが、シラーは俺の手から視線を外さなかった。 「僕、勘違いしてたみたい。ベネさんはもっと……やりたい放題な犯罪者の仲間だと思ってた」 「一度やってしまえば後は二度も三度も同じだ」 「それでもベネさんを極悪人だって思えないし、仲良くなれて良かったって思ってるよ」 「……同じ台詞は返せないが。水ならやる」  置きっぱなしにしていたボトルを一本シラーへ手渡すが、断られた。 「あのねぇ、営業用の台詞じゃなくて。うろこを託すヒトに決めて良かったなって」 「勝手に託すな。それに俺はまだ返事をしていない」 「そういうとこ、ほんとに真面目だよね。……だからこそ、あの……どうして違法品を、あの子に売ったの」 「……俺は手持ちの分を全て処分したんだ。ジャスパーにもそうするよう頼んだ。……奴と会う予定を取り付けているから、問い質すつもりだよ」 「正直に教えてくれるかなぁ。かなり癖の強いお客さんって印象しかないんだけど、あのひと」 「酒が入るとどうもな……。どうにか聞き出すしかないよ。元はと言えば、俺が作ってしまったのが始まりだ」 「……ほら、そういうとこ、真面目だ」 「真面目な奴にうろこを託すのは、最初から望み薄じゃないか。君の望むようには使ってもらえないぞ」 「えぇ? っはははは、そうだね……」  傾き始めた陽の光を受けながら。  目を細めて、シラーは手元を見つめ続けていた。
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