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5
記憶を頼りに路地を歩く。電話番号の類いが分からず、問い合わせも予約もできなかったのだ。一般常識として予約は必要だろうが、致し方なかった。
ガス灯が意味をなさないほど深い霧が出ている―時間はかかるが徒歩で来て正解だ。これでは運転など出来やしない。
シラーは近頃、雑貨店に顔を見せなくなっていた。であればと彼の店を目指したものの、到着までにかなりの時間がかかってしまった。これでは最も込み合う時間に着くことになるだろう。
看板がかかっていないドアを開ける。他の客は、ドアベルの音が聞こえもしていないかのようにこちらを一切向かない。最初に目が合ったのは、あの日コーヒーを提供してくれた幻想種の店員だった。
「ええと、予約は……」
「済まない、していないんだ。マナー違反なのは分かっている」
店員は膝丈のエプロンで手を拭きながら、
「特別なご事情でもおありですか。ジャスパー様は、本日はおいでになっておりませんが」
「今日はあれの迎えじゃないんだ。俺が、その……個人的に来たというか。シラーに伝言を」
「―畏まりました」
店員は一礼し、他の店員を呼び寄せる。植物種の店員に耳打ちすると、「こちらへ」と個室を手で示した。シラーから無理やり連れ込まれた部屋だ。
「伝言なぞ無粋なことを仰らないで下さい。少々お待ちいただきますが、必ずシラーをお呼びしますので」
「忙しいなら日を改めて―」
「いいえ! あの子に怒られてしまいます、私が」
俺が疑問符を浮かべていることに気付いたのか、店員は控えめに笑った。
「忙しくて遊びに行けない、店に来ずとも良いなどと言わなければよかった、と……あなた様に会いたがっておりました」
「あいつが……失礼、シラーがそんな風に?」
「そうですとも」
店員は個室のドアを押さえて俺を通しながら、
「私どもと―あの子と親しくしてくださって、ありがとうございます」
そうにこやかに言った。
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