18人が本棚に入れています
本棚に追加
今日もゾンビ登場の効果音が聞こえる。
重低音の聞き覚えのある役者の声は、殺人アンドロイドで有名なあの人かしら。
半年も見続けて、まだゾンビ映画に幅があるのには驚かされる。
今日のゾンビは何味かしら?
今日の映画は激しい戦闘のBGMよりも会話中心なのだろう。
壁越しに少しこもった英語が心地よく響き、私は雑誌を読みながら気持ちよくカクテル缶を空けた。
終盤に近づいた頃、映画の音に交じって、すすり泣く声がするのに気がついた。
泣いてる?
エンディングの曲と共に泣き声は抑えられないものになっていったようで、最後の方は鼻をかみかみ、しゃくりをあげていたようだ。
泣けるゾンビ映画もあるのね。
あんなに泣くなんて、隣人は、どんな心のピュアな男の子なのだろう。
いやいや、先入観はいけないな。
どちらかというと、涙もろい大男の方が萌える。
昨夜の隣人の泣き声で、なんとなく落ち着かない気持ちで一日を過ごした。
研究室で進まない論文を眺めてだらだらと過ごし、隣人のことを考え、日が暮れて無為に過ごしたことを反省しながら家路につく。
途中、私の前を歩く背の高い人影に気がついた。
Tシャツに、体に合ったすっきりとしたデニムパンツを履いている。
綺麗に髪も整えてあるし、文系の学生だろうか。
この考察は決して理系男子を貶めるものではない!
女学生が多い文系の学生の方が少しだけ、必要に迫られて身だしなみに時間を割かなければならないという実質的な問題があるだけのことだ。
同じ理系として、服に機能性を求める合理性を愛しくおもう。
マルチに気を配ることが理系男子のイデアから遠いだけのことだ。
若草荘は少し入り組んだ路地の突き当たりにあるので、人通りは少ない。
見覚えのない外見だが、同じ方向へ向かうとしたら若草荘に用がある人なのかもしれない。
あまり近づかないようにと歩調をゆるめた。
角を曲がるときに少し横顔が見える。
シンメトリックに部品を配置した顔は柔和な印象だ。
私よりも少し年上のようにも見えるし、もしかしたら角部屋の倉庫の関係者だろうか。
暇に任せて素性を推理していると、ふと男性が小脇に抱えているレンタルショップの袋に目が留まる。
あ!
彼こそが隣人のゾンビ映画愛好家だ!
そういえば、あのTシャツも隣のベランダに、よく干してあるものに違いない。
もちろん声をかける勇気はない。
ただ、さっきよりは距離をつめて、不自然にならないように後に続く。
そうか、彼が昨日のゾンビ映画で号泣して、一昨日のゾンビ映画で息が出来ないほど笑っていたその人か。
へえ、こんなすっきりとした青年がね…… 。
人は見かけによらない。
知らない人なのに、ゾンビのおかげで親愛の情を覚えてしまう。
さてさて、今日のゾンビは何味なのだろう。
その青いナイロンのレンタルバッグにはきっと今日のゾンビ映画が入っているはずだ。
甘いカクテルが二本、レジ袋の中でカチカチとぶつかっている。
もし私が犬だったら、尻尾を振ってしまいそうな気分だ。
隣人が二階に続く階段を一定のリズムで上がっていくのを見送ってから、ストーカーになったような気持ちで私も階段を上る。
開けるのは隣人の部屋ではなくて自分の部屋の鍵なのだが、この場合の変態性に差異はない。
最初のコメントを投稿しよう!