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隣に住んでいる住人は、どうやら映画ばかり観ているようだ。
テレビを見ている音とは違う微弱な重低音を感じる。
それと、それに混じって聞こえる悲鳴。
毎日毎日スプラッターなのか、ホラーなのか、悲鳴の聞こえる映画ばかりというのはなかなかの趣味だ。
地方の学生向けの安アパートで、隣の音が筒抜けなのは仕方がない事なのかも知れない。
夜な夜なギターの練習をされたり、喘ぎ声を聞かされるよりはまだマシだと思いながら生活して、もう半年が経つ。
不動産屋が親に向けて猛烈に推していたデザイナーズマンション(笑)に二年間は住んだ。
大学近くの築三十年の木造アパートに住み替えるのを選んだのは、いつまで経っても増えない友人と所持品の数に、お洒落なはずの打ちっぱなしの部屋が殺風景な監獄のように思えてきたからだ。
都内の家賃で考えていた両親が用意した部屋は、慎ましく暮らす私の身の丈には合っていなかった。
私のアパート、若草荘は二階建ての六部屋で、私の部屋は二階の東の角だ。
同じ大学の学生が数人住んでいるようだが、ちっとも顔を合わせない。
階段を上がってすぐの逆の角部屋は、業者が倉庫として使っているようで、時々いくつもの箱を宅配業者のトラックに積み込んでいるのを見かける。
引っ越してから、バス代と住み替えた家賃の差額で、食卓は潤いが増した。
そう!私は安アパート暮らしを満喫しているのだ。
何より人の気配がするのがいい。
件の隣の住人の顔は知らないが、干してある洗濯物から判断すると、若い男性であるようだ。
隣人側の壁にもたれかかり、気配を感じながら甘いだけのカクテル缶を飲む。
今日のゾンビ映画は何味かしら?
隣人はゾンビ映画にご執心のようだ。
昨日はコメディ風だったようで、割と軽いBGMと、ビヨーンとかカーンとか気の抜ける効果音に混じって隣人の笑い声が聞こえてきた。
息が吸えないくらいに笑っているようで、私も何となく楽しくなった。
二十歳になっても、研究室の集まりがあるくらいで、とんと飲み会に誘われることがない。
お酒が好きか嫌いか分かるほど飲んでいないが、こうやって隣人の気配を感じながら酔っ払っていくのは、なかなか乙なものだ。
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