第10話・交わす:その夜

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 「スナック・マリ」からの帰り道、航太が眠そうな顔で「とうちゃん、おんぶ」とせがんでくる。つないだ手がホカホカと温かい。眠たい証拠だ。そういえば小学生になって体力もついて、帰り道にぐずることもなくなっていたなあ。文幸は懐かしい気持ちになる。航太が小さいころは、一日遊んだ帰り道に眠たすぎてギャン泣きされたり、不機嫌な顔で道ばたに寝転がられて手を焼いたものだ。  文幸は「ほら、乗んな」としゃがんでやった。  ずしっと航太が背中に乗ってくる。 「航太、運動会がんばったな」 「うん」 「写真、いっぱい撮ったよ。悠くんパパが動画も撮ってくれた。航太のかけっこ、かっこよくて感動しちゃったよ」 「かけっこじゃなくて、ときょうそう、ね」 「ああそっか、徒競走だね。ごめんごめん」  もう子ども扱いするな、と言わんばかりのリアクションが微笑ましい。文幸がクスクス笑っていると、航太がふいに背中に鼻を押しつけてきた。クンクンと匂いを嗅いで不思議そうな声を出す。 「なんかとうちゃん、いい匂いがするね」 「えっ」 「これ、シャンプーの匂い? どこかでお風呂に入ってきたの?」  文幸は慌てた。慌てたが、平気を装って返事をする。 「悠くんのおばあちゃんのお店に行く前に、とうちゃんと航太で一緒に風呂に入ったからだろ」 「えー? なんかいつもと違う匂いがするよ。なんかねえ、悠くんと同じ匂いがする」 「そ、そうかな。気のせいだよ」  まいったなあ。  文幸はドキドキしながら足を速める。 「最終話の前に:もうひとつの親子の会話」につづく
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