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ひとり息子の周は、幼いころからちっとも手のかからない子だった。素直で朗らかで、いつも友だちに囲まれていた。親にはちょっとぶっきらぼう。だけど優しくて。もっと困らせてくれてもよかったのに、とさえ思う。「できちゃった婚」をしたときや、その後、離婚したときはさすがに心配した。しかしそんな局面ですら、周はまわりにほとんど頼らず、自分ひとりで淡々と片づけてしまった。
店内にはBGMがないので静かだ。客が話せばあいづちを打ったり話を返したりもするが、気心の知れた馴染みの客とカウンター越しに静かな時間を過ごすのも悪くない。息子と、こんなふうに向き合ったのは初めてだけど。
マリばあは、さりげなく息子の様子を観察した。いつの間にこんないい大人になったのだろう。子どものころの面影に、勤め人の顔、父親の顔、一人前の男の顔――さまざまな面影が重なり、移ろっては消えた。
「あのさ」
周がぽつりとつぶやく。
「離婚のときは、いろいろ心配かけて、ごめん」
「気にしなくていいのよ。大変だったわね」
「……」
「なあに、話ってそんなこと?」
「……いや」
周はまたひとくち、ウイスキーを含んだ。ゆっくりと口のなかで転がして味わって、飲み込んで――、それからようやく顔を上げた。
「離婚してから、……いろいろあってさ」
「そりゃそうよね。がんばってるじゃない、毎日毎日。お疲れさま」
「いや、そういうのじゃなくて。まあ……いろいろあって、素直になろうと思って」
「うん? どういうこと?」
「俺ももういい歳だからさ。親の許しとか、そういうのはもういらないってわかってるんだけど」
「ええ、そりゃそうね」
「だけど、ずっと言ってなかったことがあって。……今後のこともあるから、それを知っててほしくて」
「あら、何かしら」
周が自信のなさそうな顔をして目を伏せ、ぽつりと小さな声で呟いた。
「俺……ずっと男が好きだったの。昔から」
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