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「周、あんたももういい歳だから、恥ずかしがらないで聞いてほしいんだけど」
マリばあは決心する。
ずっと黙っているつもりだったけど、恥ずかしいのはこっちだって同じだと腹をくくった。
「知ってたわよ。あんたは男の人が好きなんだってこと」
「……えっ」
周がぽかんとする。マリばあは笑いをかみ殺した。
「だって、そういう雑誌とかビデオテープの隠し方が下手すぎるんだもの。中学のころだったかなあ、あんたの部屋を掃除しようと思ってベッドの下に掃除機を入れたら、バサバサっと出てきちゃって」
「……」
「もう少し上手に隠しといてほしかったわ。こっちが恥ずかしいじゃないの」
「……。……まじかよ。最悪じゃん」
周はみるみるうちに顔色をなくした。大きな手で顔を覆ってうめく。まるで高校生みたいなリアクションだ。マリばあはもう笑いをこらえきれない。
「だから、そのうち『彼氏です』なんて言って、男の子を連れてくるのかなぁって楽しみに待ってたのに」
「連れてくるわけないだろ、そんな」
「あら、そうなの? あんたが『この人だ』と決めたんだったら、どんな人でも受け入れようって思ってたのよ、私は」
周がガバッと顔を上げた。酒がまわっているのもあって顔が真っ赤だ。
「いいこと言ってるみたいだけどな、親にエロ本がバレた男子の気持ちが、化け物にわかってたまるか」
「あっ、言ったわね? じゃあ、化け物から生まれたあんただって半分化け物じゃない。なによ、今さら。いい歳して恥ずかしがっちゃって」
「……」
しばらく親子で睨みあった。しかしどちらからともなく吹き出し笑いになり、それはすぐに大笑いに変わった。マリばあはマスカラとアイシャドウが取れてしまわないように、注意深く紙ナプキンで目じりの涙をぬぐう。
あんまり笑いすぎて涙が出てしまった。
そういうことにしておこうと決めた。
ひとしきり笑い転げて大きく息をつく。そしてあらためて息子に向き直った。
「でも、どうしていま、教えてくれる気になったの?」
「……うん」
周も、きゅっと真面目な顔になる。
「じつは最近、……彼氏ができまして」
「まあ。それはおめでとう」
「まだつきあいはじめたばっかりだけど」
「どんな人? 私たちにも会わせてくれるのかしら」
「もう会ってるよ」
「あら、そうなの? 誰?」
「航太くんのパパだよ。文幸くん」
航太くんのお父さんかあ。マリばあは頬を緩めた。彼ならば、息子のお相手として心から祝福してやれる。でもそれをすぐに口にするのは何だか安っぽい気がして、ひと呼吸おいてから、もう一度「おめでとう」と声をかけた。
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