445人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
最終話・誓う:音楽会
航太が通うピアノ教室の発表会が近づいていた。十二月初旬、クリスマスや学期末が近づいて、文幸と航太の身のまわりも何となく浮き立っている。
ピアノ発表会は、地域センターの小さな音楽ホールを借りて行われる。航太は三歳のころから参加していて、これまでは保育園で仲良しの友だち数人に「しょうたいじょう」を渡すのが恒例になっていた。今年も誰か誘うのかな? 何となく見当はつくけど、いちおう聞いておこう。
「航太、今年の発表会は誰か誘うの?」
「うん! 悠くんにもう言ってある!」
「ですよね」
「それで発表会のあとは、マリばあのお店でポケモンやるって約束してる!」
「あっ、もうそんな話がついているのですか」
「あたりまえじゃん!」
「悠くんのパパやおばあちゃんは、知ってるのかな」
「んー。どうかな? 知らないんじゃない?」
あきれ笑いしながら、文幸は周にメッセージを送る。周からもすぐに「笑」のスタンプが届いた。続いて「悠から、いま話を聞きました。ぜひ聴きにいきます」と返信があった。嬉しくてニヤけていたら、しばらくして今度は電話がかかってくる。
『文幸くん? 発表会、楽しみにしてるね』
「はい、せっかくの週末に申し訳ないですけど」
『いいよ。文幸くんに会えるから嬉しい。それでね、電話したのはね――』
運動会のあとからつきあっている二人でも、好きなときにいつでも会えるわけではない。週末は必ず航太と悠が一緒にいるし、平日はお互いの仕事がある。PTA会合のあとに、どちらかの自宅で短い時間を過ごすのがせいいっぱい。
文幸はいつでも周に会いたかった。
だからこうして航太のピアノの発表会に、周や悠が喜んで来てくれることが嬉しい。それだけでも幸せなのに、周の電話の用件は文幸をさらにドキドキさせるものだった。
「航太くんさ、発表会のあと、うちの実家に泊まりにきてくれないかな」
「えっ」
「悠と航太くんふたり、うちの親にお泊まりで預かってもらおうと思って。どうかな?」
「えっ、えっと、あの、……いいんですか」
「もちろん。悠が大喜びで、ぜひ航太くんのパパに頼んでくれって」
そこで周が電話の声をぐっと低める。
「それで、俺らもふたりっきりでひと晩過ごそうよ」
「……あっえ、お、うぅっんふ」
文幸の意味不明なリアクションに、周が電話の向こうで笑っている。
「発表会、楽しみにしてるね。航太くんはピアノの練習がんばって」
「う、あ、えっと、はい。……ありがとうございます。航太に伝えます」
最初のコメントを投稿しよう!