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「料理を作るのは幸田果穂といったか」
「そうよ、果穂ちゃんよ」
美咲さんと柳川が私を見ている。
「す、すいません」
柳川という男性客に咄嗟に頭を下げた。
「なぜ謝る」
「お、怒っていらっしゃるので」
目をぎゅっと瞑りながら言う。
「怒ってなどいない」
その強い口調が、スナックみさきの空気をひんやりとさせた。
それからも、柳川成仁は週に一度ずつやってきた。
「今日も来たぞ」
朱音さんが訝しげな顔をしながら私に耳打ちする。
「毎週飲みにくる割にいつも不機嫌そうなの、どうにかならないのか」
未依さんが人差し指を顎に乗せながら言った。
「ねぇ、成仁さん」
スナックみさきで唯一、柳川に気軽に話しかけられるのは、美咲さんのみで。そんな美咲さんが柳川の四度目の入店の時に、突然言った。
「あなたのお父様が松濤にある柳川家の、家政婦を探しているって聞いたんだけれど本当?」
「なぜそんな質問をする」
閉店三十分前。お客の引いた店内で、柳川がウィスキーのロックをくいと飲み干す。
「果穂ちゃん、お代わり用意して」
「はい」
柳川はウィスキーのロックを三杯飲んで帰ると、暗黙の了解になっていた。
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