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その一週間後閉店間際に、柳川成仁がスナックみさきに訪れる。
「これが雇用契約書だ」
柳川を怖いと思う気持ちは拭えない。最初見た時は綺麗な顔をした男の人だと思ったけれど、今や彼の表情の乏しさが能面のように見えた。
「よろしくお願いします」
それなのに家政婦をすることに決めたのは破格の月給と、美咲さんの後押しがあったからだ。
昨夜仕事終わりに、美咲さんと二人でお酒を飲みながら話をした。
*
「果穂ちゃん。改めて言うけれど、私は果穂ちゃんがお店に必要ないからと、成仁さんに推薦した訳じゃないからね」
美咲さんがカウンターで赤ワインを揺らす。
「前からね、果穂ちゃんがここのお店で働くのはもったいないと思ってた」
「そんな、もったいないなんてあり得ません。私こそお店に不釣り合いなのに、雇ってくださってずっと感謝しかなかったです」
「自分で店を持つって大変よ。私もスナックみさきを経営するまで、たくさん血反吐を吐いてきた」
美咲さんが唇を、赤ワインのグラスの縁につけた。
「柳川家は敵も多い。給与は良くても、あまりいい仕事環境とは言えない可能性の方が高いわ。でも、果穂ちゃんならやれると思うの」
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