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私はそこからざっくりと、割烹いろはの料理に衝撃を受け、自分の料理に自信が無くなってしまった話や、家政婦を辞めて飲食店での修行を積むことを決めた話をする。
久徳様たちに、私が柳川家の家宝を失くしたように仕向けられた話や、成仁さんと交際し、婚約破棄で終わってしまった話はしなかった。
「成仁の親父からいじめられていたのもあったんじゃないか?」
朱音さんが不満そうな顔をして言う。
「それだけで辞める理由にはなりません。別の場所で料理と向き合わなければ、私に小料理屋はできないと悟りました」
クロすけが私の足元に来てくれて、体をすり寄せてくる。そんなクロすけの頭をさらさらと撫でた。
皆何か言いだけに私を見ていたけれど、その後新たな問いかけがくることはなかった。
「そろそろお開きにするか」
賑やかな飲み会から皆が眠たそうな顔をし始めた頃、時計を見て朱音さんが言う。私も大きなあくびをしそうになったことが何度かあった。
もう早朝とも呼べる時間になっていた。だけど真冬なので辺りは暗い。
「あの、美咲さん。明るくなるまでここにいさせてもらっていいですか?」
「大丈夫だけど・・・何かあるの?」
「昨日の夕方、背後から視線を感じて。誰もいなかったので気のせいだと思うんですが、幽霊だとしたら怖いんです。朝になれば幽霊も消えると思いまして」
「幽霊って、まさか」
「あんた、幽霊ならまだいいわよ」
朱音さんと未依さんが眉をひそめる。
「分かった。私が果穂ちゃんを送り届けるわ。朱音と未依は先に帰りなさい」
美咲さんがにっこりと笑い、二人が渋々といった感じで頷いた。
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