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「今日で顔を合わせるのは最後になるが、一年間世話になった。お前を傷つけた立場で、言えた台詞ではないが・・・」
成仁さんの長いまつ毛の陰が落ち、喉仏が動いた。
「果穂の幸せを心から祈っている。そしてお前の料理は、世界で一番美味い。俺だけじゃない多くの人間をも、幸せに導くものだ。自分の料理に、誇りを持て」
酷く失望して傷ついて、挙げ句の果て怒りに変わった元婚約者からの言葉。信用に値しないはずの人からの言葉なのに、どうしたって胸が震えてしまう。
これ以上成仁さんの言葉が胸に浸食しないように、私は銀色の瞳の、それよりずっと後ろを見ながら唇を固く結んだ。
「一年間、お世話になりました。ありがとうございました」
AI音声のようになってしまったお礼の言葉。ゆっくりと深く一礼してから、私は中町さんと一緒に館内へと戻った。
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