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それから十日後、松濤の柳川家を出る日がやってきた。ダンボールに荷物は詰め終わっている。実は中町さんが二日前にも訪れてきて、荷物をまとめる作業を手伝ってくれた。
あとは業者さんに荷物を運んでもらうだけ。
そんな私は今、お弁当を作っている。冷蔵庫に食材等残したままでいいからと、中町さんから頼まれたからだ。
最後のおにぎりを握り終わって箱に詰めた時、インターホンが鳴る。
「はい、どうぞー」
中町さんの姿を確認し、門の施錠を解除した。
「引越しする最終日に、お弁当なんて頼んでごめんね。それも二つも」
中町さんは、松濤の家の勝手を知っているように上がり込む。
「いえいえ。中町さんが引越しの手伝いをしてくださったのもあり、今日は余裕がありました。業者さんが来るまであと三十分ですね」
「寂しくなるな」
「私もです」
「幸田さんの行き先、僕にだけは教えてもらえたりしない?」
「成仁さんに教えたりしないなら」
「僕だけの秘密にする。約束するよ」
私は中町さんに耳打ちした。
「伊豆にはまだ戻らないんだね」
「はい。戻るには金銭的にも精神的にもまだ早いし、一度祖父母以外の人の下で、料理を学ぶという選択肢は外せませんでした」
「都内に残ることもしないのか」
「東京で色んな思い出を作りすぎました。少し距離を置きたいんです」
「あのさ、幸田さん」
中町さんの目が、少し泳いだ気がした。
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