1.不評な男

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だけどある日お昼の賄い料理に、細切りしたごぼうが余っていたので、きんぴらごぼうを作ったらクビになった。 きんぴらごぼうなのにベーコンが入っていて、醤油より麺つゆを多めに入れたレシピが、「ひのまるのレシピ通りに作らないなんて馬鹿にしているのか」と怒られる。 「自分のやりたいように作りたいなら、自分で店をやれ」 そう言われた後、二度とひのまるのキッチンに立つことができなくなった。 ベーコン入りのきんぴらごぼうは今は亡き祖母の、直伝のレシピだった。 「あーいい匂い。ありがとうね、果穂ちゃん。さてあと十五分で店開けるわね」 美咲さんがきんぴらごぼうをひと口つまんで、可愛らしく笑う。外見だけじゃなくて心までも、これ程綺麗な人を私は見たことがなかった。 ひのまるをクビになった帰り道。 私は自宅最寄駅近くのスナックの戸を開ける。 “アルバイト募集中 時給二千円〜” 二週間前から店前に、従業員募集の紙が貼られているのを知っていて飛び込んだ。弁当屋をクビになったからと、くよくよ落ち込んでいる暇は私にはなかった。 “お金がほしい” 私の頭の中は八割以上、この考えで占めていた。 「何故ここで働こうと思ったのか」という質問に、「お金がとにかく欲しいからです」と面接で馬鹿正直に答えたのを今でも覚えている。 美咲さんはそんな私の受け答えに、長い間笑っていた。 色気も華もない私を雇ってくれた美咲さんに、感謝しきれないくらい感謝している。
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