第一話 笑い声が響く廃墟

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第一話 笑い声が響く廃墟

 Kさんは映像制作会社に勤務しており、特にドキュメンタリーホラーを担当しているとのことだった。  この日は撮影場所として使用するためにある廃墟を訪れていた。Kさんの他に2人の若い社員が同行していた。  廃墟は元々一軒家であるが、住人が亡くなったらしく誰も管理する者がいなくなっていた。窓ガラスこそ割れていなかったもののゴミが散乱しており、足の踏み場もないほどだった。  床は白くなっていた。元々白いのではない。白いゴミが多すぎて全体的に白く見えたということだった。  とりわけ紙の量が多い。トイレットペーパーは引っ張られて伸びてその面積を広げている。用途のわからないコピー用紙が落ちている。不思議と新聞やチラシの類は見当たらない。  白いのは紙だけではない。結ぶためのビニール紐も白い。同じく梱包用と思しき発泡スチロールも白い。コンビニやスーパーなどでもらったのであろうか、ビニール袋も白い。 「こりゃあ……すごいな、どういう家なんだ」  Kさんは1人で撮影しながら呟く。 「ひゃはははははは」  後ろの方から甲高い笑い声が聞こえる。Kさんは軽薄な若い社員だろうと思った。取材対象者の前でもそんな笑い方をしていたら困るので、いずれ注意しなければならないとその時は思った。  風呂場を見ると、ゴミ置き場になっていたのか複数のゴミ袋があった。半透明なので中身を見ようと思えば見られたが、Kさんは確認しなかった。 「これは逆に、臨場感があっていいですよ」  もう1人の若者らしき声がする。 「匂いがきついけどな」  Kさんは返事した。 「ひゃはははははは」  また笑い声がする。何がそんなにおかしいというのか。少し怪訝に思った。  ドアも白く、ふすまも白い。押し入れの中は意外と閑散としていた。古びた座布団だけがあった。粗品らしいタオルがあった。タオルは白かった。  台所に着いた。流し台の横にも中にも食器が散乱している。住人は食器については白く揃える気はなかったようだ。使い残した醤油のボトルが立っている。漬物でも作ろうとしていたのか、透明な瓶の中に野菜らしき物が入ったままになっていた。 「ひゃははは、はははははは」  また聞こえた。Kさんは声のする方に戻った。真面目にやれよと注意するつもりだった。 「おい、さっきから何をふざけて……」  一緒に来ていた若手社員2人は、腕を組んで熱心に周囲を見ていた。Kさんが少し怒り気味にやってきたことに、むしろ驚いているようだった。 「ひゃははははははは」  笑い声が聞こえた。2人からではない。彼らも驚いたようだった。  声は、上から聞こえた。  3人が上を見上げた。目が凍り付いた。  天井を覆うばかりの大きな顔が、3人を見下ろして甲高い声で笑っていた。 「ひゃははは、はは、はははははは」  3人は我先にと急いで廃墟から逃げた。  戻ったときには天井の顔はなくなっていたが、この廃墟でのロケは中止となった。
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