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第七話 夜行バスを徘徊するもの
Fさんが不思議な体験をしたという。
地元の友人が亡くなったという知らせを聞き、葬儀に参列すべくその日の夜行バスにあわてて飛びのった。
仕事帰りに直行しているのもあって、バスが動き出すと同時にFさんは眠りについた。
ところが夜中に彼女は目を覚ます。
バスの中を誰かが立って歩いている気配がする。靴音がわずかに聞こえた。
半覚醒状態のFさんが暗闇の中で目を凝らすと、帽子を被った男性らしき人影が歩き回っているのが見えた。
自分の席がわからなくなって探しているのかと思ったが、そうではなさそうだ。
その男性は寝ている他の乗客の顔を一つ一つ覗き混んでから、次の席の乗客の顔をまた覗くような動きをしている。運転手もそれをことさら注意するわけでもない。
一人一人の顔をのぞき込む合理的な理由が、Fさんには思いつかない。そのために余計に不気味に思えた。
(そうだ、動画に撮っておけば何かあったときに……)
音や光が漏れないように服の中でスマホを操作し、撮影状態にしてから暗闇にかざす。
しかしすぐにスマホをしまった。
男性はもうすぐ自分の席まで来るとFさんは感じた。すでに目が冴えつつあった。
時計を見ると深夜の2時半。目的地まで着くような時間でもない。
(目を閉じて、寝たふりするしかない)
Fさんは男性が早く自分の隣を通り過ぎてくれるのを願って、目を強くつぶった。
靴音が斜め後ろまで来る。何かが自分の側まで来たような気配を感じた。
(早く、早くあっちへ行って……)
自分の真横で靴音が止まる。
古びた衣類の匂いがした。クローゼットの中に長いことしまわれていたコートのような匂いだった。
しばらくして、靴音が自分から離れていくように思えた。徐々にその音は小さくなっていく。
しかし、位置関係はわからなくなっていった。靴音がするのが斜め前からなのか、後ろからなのかすらもわからない。Fさんは感覚のズレを感じ始めていた。
少し経ち、靴音がしなくなったためFさんはようやく目を開ける。
目の前に、逆さ吊りになった男の顔があった。顔には目と鼻がなく、判別できたのは口と耳だけだった。
男は天井から逆さに立っていた。
Fさんは叫ぶ間もなくそこで意識を失った。
翌朝、バスの運転手に起こされてFさんは目を覚ました。目的地に着いていた。
車内に他の客の姿はない。降りていったのならその時の騒がしさで自分も起きるはずなのに、とFさんは思った。
「あの、他の人たちはもう降りられたんですよね」
「はい。まあ、昨日の乗客はお客さんともう2人しかいませんでしたけどね」
運転手は座席のゴミを集めながらこう言った。
では、あの男が覗き込んでいた座席には誰も座っていなかったのか? そもそもあの男は何だったのか?
Fさんの疑問は尽きない。彼女は夢だと思うことにした。
なぜか運転手の服から、どこかで嗅いだような古びた衣類の匂いがしていた。
(そうだ、動画に何か映っているかも)
すぐさまスマホを確認したFさん。深夜3時1分に4秒ほどの動画が記録されていた。
しかし、ひたすら黒い闇が残されているだけだった。
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