第九話 吊られたもの

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第九話 吊られたもの

 Wさんは毎週日曜日、開店早々のスーパーマーケットに買い物しに行くのを習慣にしていた。  少し家から離れており、車で向かう。  スーパーの駐車場は2つあり、店に近い方と、道路を挟んで畑の横にある方を選べた。  Wさんは毎回畑の横の駐車場に車を停めていた。畑との境はフェンスで区切られている格好だ。  この日もちょうどその前に車を停めたWさんだが、何かがフェンスにくくりつけられているのに気づく。  それは女の子の人形だった。子どもがお世話ごっこをするための知育用の人形。  自身にも小さい子どもがいるため、Wさんはその人形の正式名称も知っていた。 「なんだこりゃ、誰がこんなことを」  ちょうど人形の首の辺りに紐が巻かれて、その紐によってフェンスに結ばれている。  首を吊らせているように見えてWさんは嫌な気持ちになった。  人形の虚ろな目と自分の目が合いそうになるような錯覚を覚えた。  しかし斜め下を向いてうつむき加減になっている人形と、目が合うわけがない。  それより買い物だ。Wさんは人形を見ないようにして店内へと向かった。  買い物を終えてWさんは車のところへ戻ってきた。  しばらく忘れていた、先ほどの人形のことが再び思い出される。  見ないようにと目を背けていたWさんだったがどうしても気になり、人形を見てしまった。 「えっ……」  人形の首がない。  頭部がなくなっているのだ。  人形の構造上、首の部分が着脱式であるため取ることはできなくはない。  それでも人形はフェンスにくっついている。胸のあたりから脇の下を通すような形で、紐によってフェンスと結ばれていた。 「さっきは首があったと思ったけどな」  人形と目が合いそうになったことを覚えていたし、そもそも人形の顔を見て何の人形か判別したのである。  Wさんは恐ろしい考えに行き当たった。  誰かがこの短時間で人形の首を取り、胸のあたりで紐で結び直したのではないか。  そしてその誰かが、近くにいるのではないか。  慌ててWさんは車のドアを開けて中に入ろうとする。  その瞬間、車の中から転がり落ちてくるものがあった。  なくなった人形の首だった。  ドアを開けた拍子にWさんの足元まで転がり、上を向いて止まる。  Wさんは今度こそ、人形と目が合ってしまった。 「う、うわっ」  人形の首をまたぐようにWさんは車に乗り込み、そのまま後ろを見ずに車を発進させた。  今でもWさんはそのスーパーで買い物を続けていると言う。 「あの日のことが何だったのか、もしかしたらわかる日が来るかと思って」  そう語っていた。
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