第43話

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第43話

 目覚めて顔を洗うなり京哉は着替えと化粧攻勢に遭い、淡い紫の地に染めと銀糸で梅の花が描かれた訪問着と茄子紺の女袴に薄化粧という姿にさせられた。  それでも慣れとは怖いもので、和風の朝食を頂いたあと崩れた口紅を塗り直すことも覚えていた。 「お前京哉、板についてきたな」 「仕方ないでしょう。それよりSP殺害と九天ですよ。何かアイデアはないんですか? 捻り出して下さいよ」 「すまんが本当にお前に演じて貰う他、ないかも知れん」  安里は仕事に出て行ってしまい、じっとTVを眺めるのにも飽きた二人は、昨日と同じくコートを着て向坂神社の境内をゆっくりと歩いていた。  風がやや強く空気は冷たいが、穏やかな午前の日差しに満ちた散歩日和である。  そして境内を一周して幣殿に辿り着いた。すると行きがけは素通しだった幣殿に御簾が下りている。二人は顔を見合わせてから幣殿に近づいた。中から人の気配も漂っている。 「一人や二人じゃないみたいですね」 「それにしては静かだな」  何処に何のヒントが隠されているか知れず、二人は中を覗いて見ることにした。きざはしは上らず、真後ろの壁際から僅かに御簾を持ち上げてそっと顔を寄せる。中には意外なまでに大勢の人間がいた。その床に直接正座した面々を目にして京哉が霧島に囁く。 「昨日の婚姻の儀を見に来た人たちが勢揃いしてますね」 「それにあれは鏡の託宣というヤツではないのか?」  正座した人々と向かい合って端座した朱美が、台座に載せたメダルの如く光る銅鏡を見つめていたのだった。誰も何も喋らず、張り詰めた空気が御簾内に充満している。 「これだけの人前でやらかすなんて(キモ)が据わってますよね。九天も使えないのに」 「向坂サイドから見れば、まだ()るべき人間も残っているのだろう」 「ああ、カネを落としてくれる人にとって邪魔者の名前を言えばいいんですもんね」  朱美の口から出る言葉を聞き届けようと二人が息を殺し耳を澄ませた時だった。想定外の一陣の風が吹き僅かな隙間から冷たい空気が御簾内にまで吹き込んでしまう。  途端に朱美が顔を上げ、鋭い声を発した。 「結界を破ったのは誰ぞ!」  慌てて逃げ出そうとした時にはもう遅い。御簾が京哉の持った神剣に引っ掛かり、まともに京哉は朱美の吊り上げた目に射られる。付け入る隙を与えたのは完全に失敗だったが、朱美も隙の利用が上手かった。ここぞとばかりに朱美は大声で言い掛かりをつけたのだ。 「我が身に宿らせた天之藍武命(あめのらんぶのみこと)が怒り、去ってしまったではないか!」 「あ、そうですか。すみません」 「悪かったな。では」  軽く謝って立ち去ろうとしたが、朱美は白木の板を踏み抜く勢いでやってくると、京哉の手首を掴んで幣殿内に引きずり上げる。とんでもない馬鹿力で引っ張られて仕方なく霧島と二人、改めてきざはしから幣殿内にお邪魔するハメになった。  そうして三十人ばかりの男女の前に二人は引っ立てられ、朱美の怒りと皆の好奇の視線をぶつけられる。だが最初から託宣なんぞ茶番だと知っている京哉と霧島は、街なかで肩が触れたチンピラの如き朱美のヒステリックな言い掛かりを聞き流して、ひたすら嵐が去るまで待つ態勢だ。  一応は低姿勢ながら二人は小声でやはり相談する。 「でもここに集まってる人の誰かが暗殺依頼をしたってことなんですよね?」 「そういうことになるな。政治屋か企業トップかは分からんが」 「十数世紀の遺恨を流しても、偉い人たちの考え方は変わらないんですね」 「クソ親父ではないが、やはり向坂神社も潰さんと拙いようだな」 「そのためにはSP二名殺害と九天の在処を探らなきゃ――」 「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い! あたしの話を聞きなさいっ!!」  ぼそぼそと囁く二人に朱美は長い髪を振り乱し、地団太を踏んで完全にキレる。それこそ鬼でも取り憑いたような形相でバリバリと頭を掻きむしりながら宣言した。 「あたしの託宣は台無しよ。きっちり落とし前はつけて貰うわ。透夜、あんたは今夜皆の前で神事をするの。天之藍武命のお怒りを鎮めるための神事をね」 「えっ。何それ、本気ですか?」 「本気も何もあんたは神前で嘘を吐くの? ああ、そうそう、神事のシメ、いいえ、最後には剣の託宣を下すのよ」 「ちょ、剣だろうが鏡だろうが、カラクリが――」 「カラクリですって? あたしの鏡の託宣にカラクリがあったかしら? 冗談言って貰っちゃ困るわ。あんたは婚姻の儀も終えた。つまり失くした神通力も戻ったってことでしょ? なら剣の託宣も下せる筈よね。見せて貰うわ、あんたの千里眼を」  剣にしろ鏡にしろ託宣は影の集団あってのカラクリで、それを誰よりも知っている朱美は今たまたま九天なしでの託宣をしていた。  はっきり言って朱美の嫌がらせであるこの状況は透夜を貶め、御劔神社を実質的に葬り去ろうとする、偶然を利用した策略だった。  朱美もただのヒステリックな女性という訳ではなく結構な悪知恵が回るようだ。まんまと嵌められた京哉はだが果敢にもその場で声を上げた。 「だめです、できません」 「あら、どうしてかしら?」 「ちょっと体調が……ゲホ、ゴホッ!」 「なら、やる気が出るようにしてあげるわ」  腰に手を当てて顎を反らした朱美が目でものを言う。すると座っていた三十人ほどの中から男ばかり四人が立ち上がり、素早く霧島を取り囲んだ。  鏡の託宣の観客に紛れていたサクラ四人は影の集団に属しているのだろう、上着の下に銃を呑んでいるのが京哉にも分かった。  囲まれた霧島も気付いている筈だが、これだけの衆人環視では警察官という立場を公にしたとしても、もし敵が抜き撃ってきた場合に一般人の安全が確保できない。  歯噛みしたい思いで京哉は四人に囲まれ、幣殿から退場させられてゆく霧島を目で追った。長身の背が御簾の外に消えると朱美が勝ち誇ったように嗤いながら言った。 「あんたの実力を見せて貰うわよ」
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