第11話

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第11話

 翌朝、京哉は起きられなかった。  全身が痛みで悲鳴を上げ、特に足腰が全くいうことを聞かずに立つこともできなかったのである。お蔭でベッドで背中に枕を詰め込まれ、霧島に朝食を「あーん」して貰うハメになった。  右手は大丈夫だと主張したのだが、食べさせてくれる霧島が愉しんでいるらしいので、あまり文句も言えない。  おまけに原因が原因なので真っ赤になった京哉は、まともに顔を上げられなかった。 「そんな顔をするな、京哉。事故だとでも思えばいいだろう」 「ううう、すみません」 「謝らなくてもいい、お前は悪くないんだ。だが朝方まで薬が抜けなかったのは誤算だった。思いつく限り愉しみすぎたか、私も結構腰がアレだぞ」 「あああ、もう言わないで下さい!」  霧島お得意のバゲットのフレンチトーストに、冷凍ほうれん草と京哉の好きな赤いウインナー炒め、カップスープにコーヒーの朝食を京哉は「あーん」状態で、だが運動しすぎて腹は減っていたので勢い完食し、パタリとベッドに沈んだ。  しかしそこで京哉の携帯にメールが入る。霧島が代わりに操作した。その眉間にシワが寄る。 「ミリアムホテル裏の案件だが、あのあと更に奥まった車の入れない裏道でも男性の射殺体がもう一体発見されたらしい。これも七発食らっている上に死亡推定時刻は昨夜の死体と同じ頃で身元の特定できる物を何ひとつ身に着けていないということだ」 「同じ銃ですか?」 「いや、ライフルマークが違う。両方ライフルマークに前科(まえ)もなしだ。最低でも当局の関知しない四十五ACP弾使用銃が二丁以上あるということだな」  頷いた京哉だったが、そこで首を傾げて霧島を見上げた。 「けれどフォーティーファイヴを七発もなんて、ちょっとおかしくないですかね?」  着眼点の良さに霧島は京哉の頭に手をポンポンと載せる。 「もしプロが依頼されての犯行なら、ここまで弾をぶち込むことはない。だが素人が往々にしてやらかすオーバーキルでもない。反動も大きい四十五口径を七発も確実にぶち込むだけの腕があるのだからな。この矛盾をどう解くかだ」 「昨日の僕らを襲った四十五口径と関係あるんでしょうか?」 「まだ分からん。昨日我々を撃った、その弾丸はまだ発見されていないからな」 「隊長は出勤されますか?」 「いや、小田切が出ているから私はいい」 「でも気になっているなら、僕に構わず出掛けて下さい」  暫し言い争った挙げ句、副隊長の顔も立て本日は休暇を満喫することにした。何れにせよ京哉は動けないので寝ているしかなく、その京哉を霧島は愉しんで介護した。  だが京哉も自力歩行が可能になった夕方近く、再び機捜からメールが入った。 「忍さん、今度はこの真城市内の御劔(みつるぎ)山中で男性の射殺体を二体も発見です」 「状況は?」 「現場に残された空薬莢から九ミリパラを二発ずつ食らっているのが判明してます」 「九ミリを二発か。予断は禁物だが四十五口径とは別件かも知れんな。隊員も大多数が前の二件に取られている。現場も遠くないことだし、よし、我々二人も出るぞ」 「はいっ!」  スーツに着替えて手錠ホルダーや特殊警棒などを装着した帯革を締め、ジャケットの下に銃も吊ってコートを手にすると部屋を出た。一階エントランスを出るとまだ薄暮の空は雲が席捲している。素早く京哉が携帯で天気予報を見ると、夜はどうやら荒れるらしい。 「雨の確率、八十パーセントだそうですよ」 「それは参ったな。まあいい、早めに引き上げてこよう」  月極駐車場まで歩き白いセダンに乗り込んだ。市内の街道を走り始める。霧島の運転なら三十分ほどで現着できる筈だった。  走るうちに外気は夜をまとい、辺りは外灯も少なくなってくる。だが知らされた現場はカーナビで分かるため迷う心配はない。  御劔山中に入ると峠道は狭くなった。やがて前方に赤色回転灯が見え始める。狭い路肩に捜査車両が列を成していて、その間に霧島は見事に一挙動で縦列駐車した。  セダンを降りてコートを羽織ると霧島が京哉に心配げな目を向けてくる。掠り傷でも弾傷で京哉の躰に傷跡を残したくないのだ。京哉は怪我をした左腕を上下左右に振って見せた。 「では、臨場するぞ」  張り番の制服警官を手帳でクリアし、イエローテープの規制線を跨いで辺りを見回した。道路の左右の斜面に針葉樹が生えている。その上り斜面側にブルーシートで囲われ明かりの灯された箇所があった。人里離れているので野次馬は見当たらない。  二人は白手袋を嵌めながらブルーシートに向かう。足元は針葉樹の枯れ葉が積もって斜面は歩きづらい。 「十八時十八分、臨場と」  霧島がブルーシートを捲ると同時に京哉が時間を確認した。二体の射殺死体はまだ運び出されず現場に残っていた。ここでは県警捜一の三係長が声を掛けてくる。 「おや、これは機捜隊長殿とお秘書さん、ご苦労さんですなあ」 「ご苦労様です。どうですか?」 「両方、腹と胸の二発ずつ。死亡推定時刻は昨夜二十二時から零時の間ですわ」  二十二時くらいなら街なかであれば目撃者か、最低でも物音を聞いた者がいるかも知れなかったが、こんな山奥では期待できない。それでも空薬莢以外にも何らかの物証がある筈だと鑑識が文字通りに這いずってローラーを掛けていた。  ただ眺めに来ただけでは能がない。霧島と京哉も辺りを歩き回ってみる。手を繋ぎ斜面を登っている時に雨が降り出した。結構な勢いでたちまちコートから滴る。 「うーん、せめて雪なら良かったのに」 「雪なら雪で明日が厄介だ。物証も埋もれてしまうしな」 「あ、そうか。それもそうですね」 「ところでこの上は何なんだ?」 「ああ、確かお寺か神社ですよ」  機捜に異動する前は所轄である真城署の刑事課にいた京哉が霧島に答えた。そうして歩きづらい斜面を登り切ると、そこには山の中腹を切り拓いて造られた駐車場があった。
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