第12話

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第12話

「綺麗に整備されているな」 「広いし、あの鳥居も大きくてお金が掛かっていそうですよね」  山の頂上に向かって右手から綺麗に舗装された道が延び、駐車場を横断している。駐車場そのものには玉砂利が敷かれていた。  そして中央にはコンクリートの小径があり、そのまま山の斜面に造られた石段に繋がっている。舗装路と小径と石段の両側には間遠ではあるがオレンジ色の外灯があって、雨に煙るそれぞれを照らしていた。 「それで、どうするんですか?」 「人がいるなら事情聴取だ。あの石段を登ってみるしかあるまい」 「ですよね。はあ~っ、長い旅になりそう」  雨に濡れながら立派な黒木の鳥居を二人はくぐる。 「鳥居があるということは神社の参詣道だな」 「そのようですね。でも鳥居なのに赤くなくて黒いのは珍しくないですか?」 「あまり見たことがない気はするが古くて名のある神社だと、テカテカに塗っていないのもあるんじゃないのか? そちらの方面に明るくないが」 「ふうん。とにかく両側が森で寒くないし、あんまり雨に濡れなくていいかも」  そうして石段に足を掛けて上り始めたが、寒さが和らいで幸いだと思ったのは最初だけだった。十分も急な石段を上り続けると衣服の内側がしっとり汗ばんでくる。更には慣れない石段の感触が足に来て、更に見上げると急峻な石段はまだ数百段は残っていそうだ。  夕方近くまでベッドの住人だった京哉は徐々に情けない思いに駆られ始めた。  「大丈夫か、京哉? 何なら負ぶってやってもいいぞ」 「いえ、結構です。でも明日の筋肉痛は確定ですよ」  ごく自然に霧島が京哉の背を支えてくれている。温かな手が嬉しかった。途中で小ぶりの鳥居があり手水舎があったのも助けとなる。柄杓で飲んだ水が甘かった。  やっと取り敢えずのゴールである石段の頂上が見えてくる。オレンジ色の隧道にぽっかりと黒い空が口を開けていた。途端に伊達眼鏡に水滴が当たる。  上り切った途端に京哉は座り込みたくなった。だが我慢して見回すと鎮守の杜に囲まれたここは暗かったが、少し離れた所にポツリと外灯に照らされてまた鳥居と手水舎があり、そちらに向かう。柄杓に汲んだ水を口に含むとこれ以上美味しいものはないように感じた。一仕事終えた気分で京哉はそこに立ち暢気に眼鏡を拭いたりする。  いつの間にか雨は止んでいた。冷たく湿った風が頬に心地いい。  だが夜空はまだ不穏な雲が席捲していて、暢気にしているとまた雨に見舞われそうだ。そういや仕事だったと思い出し、京哉は湧いた喫煙欲求を押さえつけて霧島を見上げる。 「行けるか、京哉?」 「はい、大丈夫です」  手を差し出されたが京哉は首を横に振った。霧島も不案内な場所で片手を塞がれたくないだろうと思ってのことだ。二人で横並びになり参詣道を歩く。  進むこと三十メートルほどで鎮守の杜が途切れ、急に辺りがひらけて明るくなった。相変わらず間遠に外灯が立っているだけだが、相対的に目に眩しいくらいだ。何度か瞬きをして目を慣らすと、明かりの中に建物が黒いシルエットになって佇んでいた。  神社なら建造物の存在は当たり前なのだが、今は文字通り救いの神のように京哉は感じる。人を見つけて事情聴取し、もし捜査車両を敷地内に入れる交渉が上手く行ったなら、ここまで誰かに迎えに来て貰えばいいのだ。そうすればあの石段を延々下らずに済む。  ここから参詣道は玉砂利の中の飛び石になっていた。四角い敷石が建物への通路を造っている。だが見える範囲の建物は薄明かりひとつ洩らしてはいない。  ひとつめの建物は明らかに人が入れない小さな社、ふたつめで大きな社に出たが、ぐるりと周囲を巡るも賽銭箱すら置いていない素っ気なさで建物に人の気配はなかった。  三度目に辿り着いた建物も、住んでいるのは人ならざるモノらしく、第三者との邂逅は不首尾に終わる。どれもこれも造りは立派だが猫の子一匹いない淋しさだ。 「社務所くらいあっても良さそうなんだがな」 「でもここ、本当に神社なんでしょうか? 賽銭箱もガラガラの鈴もないし」 「確かに誰かが参拝するのを想定した造りではないようだ」  それに山頂を切り拓いて造ったらしい敷地は二人の想像を遥かに超える広大さだ。 「私たちは神の国のペルソナ・ノン・グラータか」  低く呟いた霧島は飛び石の参詣道を外れ、右方向へとぐいぐい歩いてゆく。敷地の端である鎮守の杜が見える所まで来ると真っ直ぐ先が見通せた。  そう遠くでなければ自分たちは人の気配に気付く。左側の建物群に誰かいたら分かるだろう。ここはさっさと一番奥まで行ってみる手だと、二人は次の外灯を目指して歩き出した。 「それにしても立派な施設ですね」 「余程の由緒ある神社か、それとも金儲けの上手い新興宗教かも知れんぞ」 「なるほど。でもこれだけの規模の施設を僕らが知らなかったのも変ですよね?」  喋りながら京哉はどうにも噛み合わないような、妙な感覚に囚われていた。  つい先程まで自分たちは捜査をしていて今現在もその続きである筈なのに、いつの間にか異世界に滑り落ちてしまったかのような静けさと濃密な空気が充満している。  だがその異世界に自分たちは受け入れられずに、そっぽを向かれているようだ。  現実と異世界との狭間に落ち込んでしまった自分は果たして霧島の待つマンションの部屋に帰れるのだろうか。いや、霧島はここにいるが……傍にいるのは本当に本物の霧島なのだろうか。そして自分は夢や幻でなく現実にここに在るのだろうか――。  妄想に耽っていると左の方に赤い光がふたつ見えてきた。スナイパーの抜群の視力で光はかがり火だと知る。同時に霧島も気が付いたらしかった。無言でそちらに向かう。近づくにつれ、目前には建物が二棟あり、かがり火は全部で四つ焚かれているのが分かった。  奥側の一棟は白木の高床式で立派な社である。もう一棟はその社と渡り廊下で繋がっている、これは特異な建物だった。屋根と柱と背後の壁を除いて三方が素通しなのだ。能や狂言の舞台に似ている。とにかく何かを演じるための建築物であるのは間違いない。  その舞台の四隅でかがり火が焚かれているのだった。  火はどうやら燃え上がった跡の熾火のようで激しい勢いはないものの、時折火の粉を爆ぜさせている。熾火でぼんやり浮き上がっている舞台は奥側の立派な社の方を向いていて、これでは参詣道をやってきた観客に背を向けた形だ。  京哉は奇妙に思う。
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